前口上

 ウェブの普及は、音楽批評の位置を大きく変えた。 個人が不特定多数へ無制限に情報を発信できるようになったことで、 メディアの権威に拠って成り立っていた「批評家」という肩書きの特権性は薄れつつある。 ライヴやディスクに接した心情を吐露するような伝統的な批評は、 リスナーたちがさまざまな視点から行う報告の量と速度によって相対化され、 ライヴやディスクにちなんで手持ちの情報を披露するような批評は、検索エンジンの力の前に色褪せる。 さらに、音楽家や企画者自身が資料や事後報告をサイトに掲載することが一般化すれば、 今日「批評」として流通している言説の大半は意味を失うだろう。

 結局、ウェブ時代にも意味を持ち得る批評は、ある音楽がその音楽家の創作史の中で、 あるいは今日の音楽状況の中で、あるいは音楽の長い歴史の中で、 どのような意味を持っているのかを考察した言説、ということになる。 そのような表現行為を可能にする音楽は、いつの時代にも決して多くはない。 間口を広く取って対象は厳選し、ハイパーリンクで済むような記述はそれで済ませ、 批評という形態でなければ書けない内容に専念する。誌面の中だけで完結した文章を、 限られた字数と想定読者層に合わせて書くことが求められていた時代とは、 文体も自ずと変わってくるだろう。

 デジタル化された音や映像のアーカイブ化とアクセスの容易さは、書き言葉による作品の歴史化という、 批評行為の前提すら変えてしまう可能性がある。だが本サイトでは、まず伝統的な形態から始め、 さまざまなほころびと試みの中からウェブという環境でしか作ることの出来ない批評のあり方が浮かび上がってくる過程を、 実践を通じて見届けることにしたい。

(c) 2003 web-cri.com
Top Page