Barさちこ "夏祭" - 90 minutes

野々村 禎彦

 代々木のギャラリーOff Siteでは、さまざまなライヴシリーズが定期的に行われている。ライヴCDが既に2枚リリースされている秋山徹次中村としまるの「Meeting at Off Site」、オーナー伊東篤宏オプトロン演奏を含む企画「絶対アンテナ」などが名高いが、Sachiko Mの個展「Barさちこ」もそのひとつである。彼女のソロ演奏が中心だが、彼女の作曲作品をさまざまな音楽家が演奏した回や、トークがメインの回もあった。

 今回は「夏祭」と題して、彼女は浴衣で登場。受付ではチケット代わりに直筆サイン入り団扇が配られ、ステージには氷の塊を乗せたタライが置かれ、その脇にはビードロと風鈴と、夏の風物詩が勢揃いした。このシリーズのために「Barさちこ」の看板を手作りした彼女らしいトータルコーディネートだ。夏らしからぬ涼しい日が続く中、この日は久々に蒸し暑い夜になり、ますますコンセプト通り。

 問題はサブタイトルの「90 minutes」の方である。ソロに限らず、FilamentI.S.O.COSMOSや中村としまるとのデュオ、 あるいはその他のセッションでも、彼女の一続きの演奏は高々30分程度だった。これは、シンプルな素材から紡ぎ出せる持続の限界に加えて、多用される高周波発振音による耳へのダメージも理由である。しかもこの日は厳しい暑さ。オープン当初とは違ってクーラーは付いたものの、団扇の風ですら音色が変わるような音楽の最中にはクーラーは当然切るので、演奏者にも聴き手にもとてつもなく長い90分になるのではと危惧された。

 だが、それは全くの杞憂だった。近年の彼女のフルセットは、正弦波発振音がプリセットされたサンプラー1台、正弦波発振器左右1組、コンタクトマイク2本、ミキサーというものだったが、この日はコンタクトマイクは使わず、サンプラーを2台に増やした。この編成の変更が、長時間演奏において本質的な役割を果たした。サンプラー2台の出力を左右に振るような使い方ではなく、2台はほぼユニゾンで、周波数などのパラメータを僅かに変えて重ねる。すると、正弦波発振音どうしの干渉を用いた微妙な音色や定位の変化や、同じ発振器どうしならではのタイトなうなりのリズムなど、1台の操作では考えられなかった豊かな可能性が広がった。

 従来の演奏スタイルでは、音叉のようにぼんやりと広がるサンプラーの発振音だけでは限界があるため、ノイジーな立ち上がり成分を含む発振器の音を多用することになる。それが耳にダメージを与えたが、この日のスタイルでは、サンプラーだけで十分間が持つ。発振音の微かな変化に耳が慣れてくると、発振器の鋭いノイズが時折明滅すれば、それだけで風景は大きく変わる。1時間を過ぎたあたりで煮詰まる兆候が出てくると、今度はひたすら平坦な発振音を流し、氷が融ける水音を際立たせた。コンタクトマイクが這い回るノイズの役割を水音に担わせたのが、「夏祭」というコンセプトの音楽的なリアリゼーションだったわけだ。最後に正弦波発振音を絞っていくと、聴感上は水音も同時にフェードアウトしていき、それ以外の環境音が交代するように浮かび上がってきて幕となった。正弦波発振音と楽音の干渉を音楽と捉える方向性の創始者はルシエだが、非楽音とのこのような相互作用は、彼女が開拓した領域だと言ってよいだろう。

 物質的ターンテーブルやノー・インプット・ミキシングボードなど、音響的即興の世界ではさまざまな「新楽器」が生まれ、模倣されてきたが、Sachiko Mのように正弦波発振音を扱える音楽家は、いまだに現れていない。音色や演奏技術によって個性を主張できるような「楽器」ではないだけに、音響へのセンスと反射神経が直接音楽として立ち現れてしまう手強さが、彼女に孤高の道を歩ませている。もっとも、彼女のスタンスは「女王様として君臨する」というようなものではなく、この日の演奏態度のように、極めて肩の力の抜けた自然体なのだが、(特に欧米では)いまだに正弦波発振音を「苦痛による表現」とみなす向きが多く、日常感覚でこの「楽器」に接する彼女は、今後もユニークな存在であり続けるだろう。

(2003年8月22日 代々木・Off Site

(c) 2003 Yoshihiko NONOMURA

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