鈴木貴彦ピアノリサイタル

野々村 禎彦

 京都を足場に、フランス近現代音楽を中心に完成度の高い音楽を聴かせる鈴木貴彦が、バラケのピアノソナタ(1950-52)をメインに据えた演奏会を行った。

 最初は、ブーレーズ《アンシーズ》(1994/2001)。作品の質に関する疑問は、筆者も含めた多くの評者によって指摘されてきたが、この日の鈴木の解釈は、多少なりとも作品を救うことに成功した。この作品は従来、装飾的な走句に埋め尽くされたヴィルトゥオーゾ・ピースとして弾かれてきたが、彼はそれらの要素はすべて地に溶け込ませ、時折挟まれる低音部の和音を浮かび上がらせる。2001年補筆部では、その和音が増殖して同音連打やトリルからなる走句を裁断するが、彼は装飾的な走句の中に埋め込まれた旋律断片を丁寧に拾い出し、1994年作曲部よりも重層的な書法が取られていることを明らかにした。とは言っても、50余年の作曲歴を経た円熟を感じさせるような作品ではなく、旋律断片を埋め込む手際に第2ソナタの残照(印象としてはむしろ習作だが)が見られる程度である。鈴木はこの日の演奏にはまだ満足していないようだが、この作品を磨き上げる暇があれば、その時間は第2ソナタの準備に回してほしい。

 続けて、ブーレーズのピアノソナタ第3番(1955-57)。これまで行われてきた録音には、フランス風ケージと言わんばかりの、表面を軽く撫でたような演奏が少なくなかったが、鈴木はあえて濁った音色を多用し、第2ソナタに直結するスケールの大きな音楽を作り上げた。新たに出版された<シーグル>(<アンティフォニー>(フォルマン1)の一部)を含めるなど、意欲は十分に感じられたが、この日の他の曲ほどには解釈の焦点が絞り込まれていなかった。精緻な譜読みに支えられた構築性の高さが彼の身上だけに、開かれた形式の音楽とは相性が良くないのだろうか。ブーレーズの他のソナタに加え、《構造I/II》も大井浩明とのデュオで演奏していく中で、さらなる飛躍が訪れる時を待ちたい。

 後半を占めるバラケの大曲の解釈は、日本初演というだけにとどまらず、この作品の演奏史の中でも記念碑的な位置を占める素晴らしいものだった。第1部の多くの部分が、指定通り「可能な限り速く」弾かれたのがまず凄い。テンポ、ダイナミクスなどの音楽要素の二項対立を推進力にした作品だけに、このテンポが守られることの意味は大きい。第1部後半、長大な休止で音楽が唐突に凍りつく場面の衝撃力も高まった。その後も音楽は同様の休止で裁断されながら進んでいくが、第2部に入ると、今度は複雑な書法自体も櫛の歯が抜けるように簡素化されていく。従来の録音では、このプロセスは単なる密度の変化として提示されていたが、鈴木は錯綜したテクスチュアを声部に切り分け、その堆積として表現することができる。すると簡素化のプロセスは、声部が減るごとに実存が一層ずつ剥ぎ取られていく、生理的な次元での喪失の哀しみとして描き出されることになる。

 第2部後半、このプロセスがさらに進行すると、テクスチュアの重層性はトリルや同音反復による単純な補填に取って代わり、やがてダイナミクスの急激な変化のみが残り、最後はそれすら失われて消え入るように終わる。鈴木の自筆曲目解説にはバラケの年譜と作品リストが添えられていたが、ソナタと《セカンス》(1950-55)のレコード化で華々しく始まった彼の作曲活動は、度重なる事故やトラブルに邪魔されてしばしば中断を余儀なくされた。《歌に次ぐ歌》(1965-66)の頃には、音楽も骨格だけの痩せたものになり、その後着手された作品はいずれも未完のまま、1973年に45歳で世を去った。このソナタの展開は、バラケの人生にちょうど符合しており、「処女作には作家のすべてが含まれている」という言葉が、このような形で当てはまってしまうことには戦慄を覚える。ヘルベルト・ヘンクはこの作品に繰り返し現れる長大な休止を、ヴァンデルヴァイザー楽派の音楽に通じる豊穣な沈黙として描こうとしたが、上記の見方に立つと休止は虚無以外の何物でもない。鈴木の解釈もこの路線上にあり、魂が抜けたように静止する身体表現も、休止を繰り返すにつれて堂に入ったものになった。

 鈴木が拍手に応えて譜面を持って現れた時には、かくもシリアスな大曲の後になんと無粋な、と一瞬思ったが、それがメシアン<音価と強度のモード>とは、見事にしてやられた。ふたりの弟子の世界苦を背負った作品の直後に師の能天気さを見せつけるとは!! 強奏でも澄み切った、彼本来のクリアな打鍵のデモンストレーションにもなった。これで終われば完璧なプログラムだったが、さらなるアンコールは、リゲティ《練習曲集第1巻》より<ワルシャワの秋>。縦にも横にも寸分違わず織り込まれた極彩色の絨毯を思わせる演奏は、既存の録音をはるかに超えた完成度の高さで聴衆を魅了したが、水墨画展の最後の展示室が横尾忠則作品で埋め尽くされたような座りの悪さは否めない。「本物のヴィルトゥオーゾ・ピース」を最後に持ってきて、プログラム1曲目の《アンシーズ》との対比を意図したのだろうか。第2巻の技巧に走った曲ではなく、全巻を通じて最も音楽的な曲を選ぶあたりは流石だが。あるいは、このリサイタルは「1999年度青山音楽賞受賞海外研修成果披露演奏会」でもあるので、50年代ヨーロッパ前衛音楽のスペシャリストではないことをアピールしたかったのかもしれない。

 本年2月、next mushroom promotionが企画したクセナキス特集コンサートでも、鈴木の《ヘルマ》と《エヴリアリ》の完璧さは他の大曲や大家の演奏を霞ませた。演奏機会の多い定番曲と新作初演を軸に活動する「現代音楽のスペシャリスト」は少なくないが、20世紀後半を代表する作品を厳選して高い水準で音にしていく鈴木の活動こそが、現在最も望まれるものである。前世紀の代表作が古典として歴史に組み込まれていくプロセスが正常に機能しない限り、50年以上前に書かれた作品がいまだに別枠扱いされる一方、時代精神から目を背けた安逸な音楽が「同時代性」を売り物にまかり通る、「現代音楽」周辺の不毛な状況が改善されることはないだろう。願わくば鈴木には、地元での演奏会に足を運べる限られた聴衆だけを相手にするのではなく、録音メディアを通じて活動の対象を世界に広げてほしい。自前のウェブサイトと語学力という武器を、彼は既に持っているのだから。

(2003年8月2日 京都・青山音楽記念館(バロックザール)

(c) 2003 Yoshihiko NONOMURA
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