千野秀一&高橋悠治デュオ

足立 智美、石塚 潤一、野々村 禎彦
(rough mix:野々村, edit:全執筆者)

 ジョン・ゾーンが1年の半分を東京で暮らしていた80年代後半から90年代初頭にかけて、高橋悠治は即興音楽の舞台に頻繁に登場していた。富樫雅彦から山塚アイ(現・EY∃)まで、 当時の彼の共演者を並べれば、この時期の日本の即興音楽状況が描けてしまうかもしれない。また、当時の彼は千野秀一らと並んで、パソコンやサンプラーをいち早く演奏に導入していた。その後、音楽の身体性に着目して邦楽器を習い始め、ディスククラッシュを機にパソコンを使うのも止めてからは、即興音楽に関してもコンピュータの使用に関しても、ネガティヴな発言が続いていた。(注1)だが、2002年秋に病に倒れ、今年の初夏にステージに復帰してからは、即興音楽家たちとしばしば共演し、ラップトップも使うようになった。音楽的出自は対照的だが、80年代以降の歩みには重なるところが多い千野との共演は、本サイトで取り上げる良い機会だろう。

 この日は各自がラップトップ(G4ノート)を持ち寄り、ピアノ1台をふたりで弾いた。ふたりはステージ中央に並んで座り(千野が左、高橋が右)、ピアノは右奥に縦に置かれている。冒頭のラップトップデュオでは、特に高橋の音が10数年前のコンピュータによる演奏とはあまりに違ったためか、双方の音を区別するのは難しかった。だが、指やマウスの操作を追いながら聴くと、次第にふたりの音の違いが明確になってくる。千野の音源は主に自らのアコースティックな演奏をサンプル化したもの、高橋は声の断片をDSP処理したものとカエルの鳴き声などの環境音を用い、それぞれの音はほぼ各自が座っている側のスピーカーに割り振られていた。サンプル再生スピードの変化など、さまざまなリアルタイム処理を時に身振りを交えながら加えていく千野に対して、高橋はサンプルのデジタルな出し入れが中心。その結果、千野の音響は素材の質感が強く出たアナログ的なものに、高橋の音響はDTMソフトの特性を直接反映したカラフルで既聴感のあるものになる。ふたりが独立に演奏する局面では、千野は絞り込んだ素材同士の微妙な差異を聴かせようとするが、高橋は多様な音色をせわしなく交代させて撒き散らす。この日の高橋は気兼ねなく暴れ役に回っていた。(注2)ふたりが絡む局面では、千野が一貫した流れを作ろうとすると、高橋の演奏はそこにくさびを打ち込むように作用する。高橋はカットアップ中心のNYシーン的な即興スタイルを同時代には批判していたが、音響的即興に慣れた耳で聴くと、現在の彼の即興にはむしろこの時代の残滓が感じられる。千野の具体音も高橋の用いる声も大部分は激しく変調されているため、時に原型を保って挿入されるカエルの鳴き声や千野のアコーステッィクな軋みが、聴取の上での大きなアクセントになる。 また、ラップトップ即興のテンポ感が、常に100拍/分程度のそれへ収斂してくるように感じられたのも興味深い。ただし、明確なビートが存在する音楽ではないので、聴き手の時間感覚の投影にすぎないのかもしれないが……

 高橋がラップトップから離れてピアノに向かうと、音の脈絡が急に明瞭に聞こえてくる。最初に弾き始めたフレーズは、統計的操作で音をばら撒いたようなもの、つまりはクセナキス、それも《エオンタ》の冒頭部がなまったような音型だった。しかしながら、クセナキス作品の演奏に不可欠な打鍵の鋭さは無い。他方、千野のピアノ演奏はラップトップに比べてむしろ断片的だ。強靭な打鍵による音響の裁断。だが、内部奏法を用いて多彩な音色を作り出しているので決して単調にはならない。(注3)両者のピアノ演奏を比べると、高橋の方に、よりポリフォニックな、またはヘテロフォニックな要素を持ち込もうとする意志が感じられる。上行音形による2つの線を交差させながら何度も繰り返す箇所や、 冒頭の《エオンタ》的な箇所(注4)などに、そうした傾向が顕著だった。千野が音色の対比によって持ち込んだ多様性に、高橋は構造的なものを用いて対抗しようと考えたのだろうか。印象的だったのは、千野のピアノをはぐらかすように高橋のサンプル音がけたたましく鳴り響いた場面。トータルでいえば、あたかも一人で演奏しているかのような場面もあったかと思えば、あからさまなちぐはぐさも時に見せ、非常に振幅の大きな演奏だった。千野は、コンピュータで多くの外部音源をコントロールしていた頃と基本的には変わらない。近年のエレクトロニクス演奏と比較しても方向性は連続している。高橋も、音色こそ似ても似つかぬものの、90年前後のコンピュータとサンプラーによる演奏が、時に荒々しく抽象的な響きだったことを考えあわせると、それほど変わっていないともいえる。 だが、《別れのために》《泥の海》など、ここ数年の老成した印象の作品とのギャップは大きい。大病を経験して、老け込んではいられないという気持ちになったのかもしれない。

 後半は連弾でスタート。ただし椅子は外して立って弾く。千野が高橋の真後ろに立ち、手を伸ばして両端音域を掴み取るように弾く図は、千野の方が頭一つ背が高いだけに視覚的にも面白い。また、千野はしばしば、高橋を押しのけるように体を入れ替える。千野の体が常に音の前に出ようとするならば、高橋の体は音を後追いする。身振りは対照的だが、高橋のモード風の演奏を千野がとっさにコピーする場面など、音型や質感を「合わせる」場面も多く、コール・アンド・レスポンスこそないものの、良くも悪くもまとまった演奏。そこからきこえてくるのは演奏スタイルの新旧ではない。ピアノというお互い慣れ親しんだメディアによるものだろうか、音を出すことの素朴な楽しみというべきものが感じられる。黒田京子(Pf.)と神田佳子(Perc.)のデュオ即興を前日にin Fで聴き、お互いの出す音に即座に反応する反射神経の鋭さを目の当たりにしていたこともあって、当初は高橋のユルさ(笑)が目に付いたが、演奏が進むにつれ、そうしたユルさを即興の可塑性に結び付けている高橋は恐るべき音楽家だ、と感じ入った。

 最後にふたりがラップトップに戻ったデュオが、この日の白眉だった。高橋が内省的な側に振れたり、千野が音色の散乱に付き合ったりと、素材的にもグルーヴ的にも同期し始める。ピアノデュオ以上に相手の音をよく聴いて反応しており、ラップトップ演奏も、人間が操作する以上は生楽器と似たようなものなのだと感じた。ラップトップ演奏につきものの抑制された視覚情報が、かえって音の関係性を際だたせるという結果はあまり経験したことがなく、面白い。時々一方が席を立ってピアノに向かうが、千野は引っ掻き系内部奏法に専念し、高橋はヌケヌケとロマンティックなフレーズを弾いてみたりする。だが、何ら懐旧的な印象をもたらさないのは何故か。エゴを強調するわけではないが、匿名性の中へ解消されることもない音楽。このライヴを通じて、高橋の即興における他人との距離のとり方には、注視すべき何かがあると感じた。彼の即興は反射神経の塊のような奏者による即興とは明らかに異質で、少々弾き間違えたような箇所も、結果として受け入れて発展させていくような局面を持つ。些細なミスタッチを咎めるよりも、それによって即興の展開を多様化していく驚くべき手腕にこそ注目しよう。自分を含めた場の状況を一歩離れたところからみるかのような客観性も素晴らしい。今回限りのこととしてではなく、千野の多彩な活動共々、今後もフォローしていきたい。

(2003年9月26日 西荻窪・アケタの店

(注1) 「あれもね、結局ビジネスなんだよね……次に会っても、また同じわけじゃない」「ホットであるってことが、やっぱり嫌なんだね……大きければいいってことで終わるんじゃ、しょうがない」(『映画芸術』1997年夏号、大里俊晴によるインタビューより)/「サンプリングにも限界を感じ、コンピュータのつくりだす構造やランダム性の単調さにもあきて」「要するに機械をつかうどころか、機械につかわれてきた……これでは、仕事はストレスでしかない」(『音楽の反方法論序説』20「演奏の体験」より)

(注2) 今年の8月10日、 新宿PIT INNにおける内橋和久(G.)のソロアルバム発売記念ライヴにゲスト出演した高橋は、ライヴ・サンプリングした素材の音響操作に向かい過ぎる内橋をアナログ的なラップトップサウンドで引き止め、バランスの良い音楽を作り出した。即興の組み合わせによっては、高橋が抑え役に回ることもある。

(注3) 千野のピアノ即興は、いつでもこの日のようなスタイルを取るわけではない。今年3月のミシェル・ドネダ(S.Sax.)、齋藤徹(Cb.)とのトリオでは、主役を差し置いて暴れ回っていたし、このライヴの翌日に新宿PIT INNで行われた山内桂(A.Sax.)とのデュオでは、手持ちのフレーズを淡々と吹き続ける山内(この超然としたスタンスは、かつての姜泰煥(A.Sax.)のようだ)を、あらゆる持ち駒を投入して引き立てようとした。

(注4) 《エオンタ》の冒頭は5と6とのポリリズムである。もちろんこの日の高橋の即興は、《エオンタ》をキッチリ弾くような厳格なリズムを持っていたわけではない。

(c) 2003 ADACHI Tomomi, Jun-ichi ISHIZUKA, Yoshihiko NONOMURA
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