リュック・フェラーリ再来日<Paris-Tokyo-Paris>

谷口昭弘

はじめに

 フランスの「ミュジーク・コンクレート」は、かつてドイツの「電子音楽」とともに、テープを媒介とした戦後音楽の新しい流れとして注目を浴びた。20世紀音楽史の本を読む限り、それらは過去のもの、あるいは歴史的なものになっているように見える。しかし、かつて「実験的」とされたこのミュジーク・コンクレートは、現代的音楽表現にも充分通用する優れた音楽語法であることを実証する作曲家がいる。それがリュック・フェラーリだ。

 フェラーリは、近年のテープ音楽やコンピュータ音楽に対する関心の高まりから注目され、過去数年間に数多くのCDがリリースされてきた。本国フランスでは冷遇されながらも先鋭的な作品を次々と発表し、日本のファンも少なくない。これを証明するかのように、2003年10月に北区滝野川会館で行われたフェラーリ二度目の来日コンサートは、何よりも彼の旺盛な創作意欲を存分に堪能できる充実の企画であり(注1)、フェラーリの音楽活動に敏感にアンテナを張っている人たちが会場に詰めかけた。このレビューでは、一連のフェラーリ・コンサートを体験しながら各作品について筆者が思い付いたことをメモのように書き連ねてみたい(注2)。

「ほとんど何もない」コンサート(テープ音楽コンサート1) (2003年10月22日、午後7時)

 このコンサートのメインに挙げられた《ほとんど何もない》は、フェラーリが10年ごとに制作してきたというシリーズ(注3)。この度あらためてこのシリーズの最初の3作を通して聴いてみると、1番が最も「何もない」かのような印象を受けた。それは素材が生のままで提示される時間が長く、展開ものんびりしているからだろう。第2番においては語りによるテキストが挿入され、そこには聴き手のイマジネーションに明確な文脈付けがなされる。《少女達とともに》と題されたシリーズ第3作においては、場面が転回するような区切りの音や、衝撃的な電子音も随所に挿入され、劇的な展開を暗示する。

 新作の《ソールズベリー・カクテル》(1990-2003)ではテンポの緩急が効果的に使われ、選ばれた音に独特のコントラストが付けられていた。ハリウッドのアクション映画の一場面を思わせるようなドラマ的場面が想像されたり、通常の楽器を万華鏡のごとく散りばめられたり、ホンキー・トンクや電子ドラムなど、様々な音が多層的に聴かれる箇所さえある。しかし全体としてはスムーズに継続されていく流れがあり、移り行く音の中で一定の盛り上がりがあり、きちんと収められたという印象を持った。どうやらこのじっくりとした線的な盛り上がりと、その後すぐ静まっていくフィナーレというのは、フェラーリの作品展開によく聴かれるようだ。

テープ音楽コンサート2 (10月24日、午後6時半)

 最初の作品《不気味に美しい》(1971)は、同じ言葉が繰り返されると同時に、発話の間にある雑音が言葉への文脈を与え、変転しながら展開していく作品。発せられる言葉自体にも電気的操作が加わり、曲の後半では音色や遠近感が微妙に変わってくる。その展開は滑らかであると同時に動的だ。

 《機械とのありふれた対話 もしくはテープのための穏やかに哲学的な3つの寓話より、第3の寓話》(1984-2003)では、会場に設置された6つのスピーカーの間を音が動き回る中で言葉が発せられる。ドラムマシーンは強く楔を打つかと思うと他の音と自然に共存していく箇所もあり、反復も頻繁に用いられている。それは特定のリズム形をバックグラウンドに刻むのではなく、曲を自ら強く誘導する役割を担っている。10分あまりの間断のない展開の中に、やはり独特の「煮詰まり」があり、その頂点の後クールダウンしていく。

 当日のプログラム・ノートによると、《音楽的風景の中の交響的散歩》(1976/1978)は1976年にフェラーリが訪れたアルジェリアのある一日の音が素材となっている。しかし、もちろんフェラーリは「現地録音の民族音楽」をそのまま流しているのではなく、土地の話し言葉や雑踏、儀式や祭りの音楽などが一つの思い出のように凝縮されている。彼の耳を捉えた音を、できるだけ原型を残しながら周到に編集しているからだろう。

 プログラム後半のメインとなった《逸話的なものたち》(2001-02)については、フェラーリ自身がいつどこで素材となった音を収録したかをリストアップしている(注4)。その内容は、まるでオープンリール・テープを入れる箱の裏のメモを見るかのようだ。例えば、ある素材は「赤い靴。レスタック(フランス)。2002年7月。ラファルジュ・セメント工場見学。」とある。

 これらの覚え書きのようなものは、一見作品そのものの標題的な意味を明らかにしてくれるように思えるのだが、実際はもっとトリッキーだ。聴き手がこれらを順に追っていったとしても、電子音の挿入によって区切りがはっきりされている場所もあれば、連続しているような箇所もあるからだ。構成としてはラプソディックなものになりがちだが、やはり鳥の声、電話の音など反復する音はあるし、最後には電子音によるクライマックスもある。大きな衝撃音が最初と最後に入れられ、これらを作品の枠組とするのも分かりやすかった。

井上郷子ハーフ・コンサート (10月25日、午後5時)

 今回のシリーズの演目で最も初期にあたる《ヴィサージュI》(1956)では、「セリー音楽」特有の不協和音が聴かれた。しかし同音反復を近接する音符で積極的に使い、ダイナミックで力強い表現が感じられる。この「セリーの音」自体は前衛時代の「破壊」の意識のもとに生み出されたのかもしれないが、現在はすっかり「伝統的」に聞こえてくるから不思議だ。また、他の作品に見られる息の長い線的な展開はないようだ。

 1991年の《クラップ》は時々打ち込まれるように鳴らされるピアノと継続的な電子音がうまく全体を作り出していた。フェラーリはテープ部分に言葉を積極的に挿入している。《ないしょのはなし》(1987/88)は短い動機が少しずつ膨らみながら広がりを持ってくる打楽器とピアノのための作品(テープなし)。ピアノが冒頭に提示する動機が変奏曲風に展開されるが、中間部からは、その動機のリズムを引き継いだドラムが主導権を握る。ここでは音量の変化が聴き手の注意をぐっと引き付ける。その後ドラムから木魚・ドラ・鈴の音がピアノと溶け合って曲を静かに閉じていく。まさに「起承転結」という言葉が当てはまるような着実な作品であった。

室内楽コンサート (10月25日、午後7時)

 開催が土曜の夜ということもあってか、今回のシリーズでは、この室内楽コンサートが聴衆の数は最も多かった。前回の来日時に委嘱された新作の披露もあったからだろうか。冒頭の《タンゴ・パス》(1988)は、タイトルからも感じられるような舞曲風の展開をする。フェラーリ独特の、じっくりと煮詰まってくるような作品群とは違った趣で、幅広い聴衆に受けいられやすい作風。フェラーリのユーモラスな側面も垣間みられた楽しい作品だった。

 5楽章からなる《カラダのための歌》(1988-94)のうちの最初の4楽章は2つの要素から成り立っていたようだ。その一つはテープに収録された話し声と歌と楽器の伴奏がお互いに相互しあう「歌」、もう一つは言葉にならないものを表現している、器楽アンサンブルによる「間奏」である。これらの2つの部分はどのように関係しているのか―補いあっているのか、あるいはぶつかりあっているのか―を考えながら聴いていた。

 《街に開かれた扉》(1992/93)は「ラジオを無作為に録音したもの」を素材としている(注5)。しかしそこには繰り返し登場する短い断片や足音など、明らかに表現上の意図を感じる内容の音もある。一方器楽で演奏される音楽にも反復の多い無調音楽というフェラーリが長く培ってきた音楽語法も見られるが、この部分の完成度も高かった。結果としてはテープよりも木管を中心とした器楽演奏が引っ張って行く面も強かった。

 「新しい世代の芸術祭」委嘱による《パリー東京ーパリ》(2002)には、《街に開かれた扉》ほど直線的な展開はないようだった。一方で冒頭から奏されるウェーベルン/ブーレーズ風のピアノの響き(注6)には、この作品が安易な「東西の融合」を目指すものではなく、フェラーリが西洋人として実直に音楽づくりをするものであることを感じさせられた。冒頭のポピュラー音楽の洪水や駅のアナウンスはいかにも東京である。富山在住の筆者には、後者は特に「東京の音」と感じられた。浅草の音が長めに使われていたが、おみくじの番号を選ぶ金属の入れ物を振る音など、日本人は普段それと意識していない音に「日本らしさ」を感じていたようだった(注7)。一方猿回しなどは単なる生音のコラージュではなく、加工した音を使っていたようだった。全体としては、どことなくラプソディックでありながら、緊張感も感じられた。

おわりに

 今日のコンピュータ音楽は生演奏に機械がインタラクティブに反応するようなプログラムを組むのが主流だし、音響合成技術も洗練を極めている。音楽的内実はともかく、技術として「進んだもの」を取り入れることが、テクノロジーを介した音楽制作ではスポットライトを浴びる傾向にある。そんな中で、録音採取した音をテープ上に作品として固定する、あるいはテープに合わせて生演奏する従来の方式のテープ音楽というものが、どこかしら「後ろ向き」と解釈されることがあるのだろうか。そうなのであれば、実にもったいない話だ。

 もちろん音楽テクノロジーの進歩に伴う新しい音楽表現の模索はあってよい。しかしそのようなコンピュータ音楽の「家庭の事情」に疎い筆者にとって、フェラーリの音楽は充分に魅力的であった。そして音楽におけるテクノロジーというのは自己の音楽表現を最大限に実現するための道具であることを、あらためて認識することとなった。今後もフェラーリの動向に注目していきたい。

(注1) どのコンサートも作曲年代順に作品が並べられていた。

(注2) 今回のレビューでは、演奏内容について言及することができなかった。それは上演された作品の大半がテープ音楽であったことに加え、筆者が多様な解釈を比較できるほどフェラーリ作品に触れていないからだろう。

(注3) このシリーズの3曲はCD (仏Musidisc, 245172)で聴くことができる。カップリングは《Music Promenade》。

(注4) コンサート会場にて配付された作曲者によるプログラムノート(椎名亮輔訳)14ページ。

(注5) 作曲者によるプログラムノート(椎名亮輔訳)17ページ。筆者は直感的にケージの《クレド・イン・US》を思い出したが、B.A.ツィンマーマンの《若き詩人のためのレクイエム》を想起した聴き手もいただろう。

(注6) MIDIキーボード上で即興演奏されたものを楽譜にし、それを演奏したために、このような響きが生み出されたのかもしれない。作曲者によるプログラムノート(椎名亮輔訳)19ページ。

(注7) 筆者はフェラーリに、「日本らしい」音について、あらかじめ知識を持っていたか尋ねたが、どうやら彼はその「日本らしい」音については全く知識がなく、どちらかというと直感的に自分が面白いと思った音を集めているようだった(プレ・コンサートトークによる質疑応答にての回答)。「日本らしい」音というのも文脈の内と外で異なることは、筆者もアメリカ人の考える「日本の音楽」の違いで感じていたことではあるのだが。

(2003年10月22・24・25日 東京・北区滝野川会館もみじホール)

(c) 2003 Akihiro TANIGUCHI
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