井上郷子ピアノリサイタル - クンス・シムのピアノ曲

野々村 禎彦

 1958年韓国生まれのクンス・シムは、ドイツに渡ってラッヘンマンN.A.フーバーに師事し、シュテープラーと知り合って今日まで活動をともにしている。ファーニホウのような構築的で複雑な書法に疑問を感じるようになった彼は、N.A.フーバーの影響もあってケージフェルドマンの音楽に惹かれるようになり、1994年から99年まではヴァンデルヴァイザー楽派に加わっていた。このグループを離れた後、シュテープラーと"EarPort"を設立し、現在に至る。このような経歴を持つ彼の音楽に、本質的に実験的な音楽を求め続ける井上郷子が関心を持たないはずはない。第6回秋吉台国際セミナーの招待講師に選ばれるなど、たびたび日本を訪れてきた彼だが、奨学金を得て3ヶ月間日本に滞在する機会に、トークを交えた演奏会が企画された。

 前半1曲目は《風の歌》(1988/92)。譜面彼のホームページで公開されているが、三善晃松村禎三を思わせる断片を、長い沈黙を挟みながら弾いていく。発想にも書法にも特筆すべきものは感じられなかったが、各断片の性格は大きく異なり、ありふれた小品を沈黙で裁断しただけ、にはなっていない。

 前半2曲目は《ピアノ/聴く》(1995)。この日演奏されたのは24曲中の2曲で、全部弾くと6時間を要するという。各々の手で弾く音数と音域、両手の位置関係を示した数字譜は、50年代にフェルドマンやケージが考案した図形楽譜の改良版と言っていいだろう。初見で演奏可能な点はフェルドマン的、ソルフェージュが不可能な点はケージ的である。演奏中ずっと保持すべき音が曲ごとに9音、広い音域にわたって指示されており、井上は弾き始める前に所定の鍵盤を押し下げた状態でソステヌートペダルを踏み、次の曲まで動かさない。共鳴させたい音を指で押さえる倍音奏法を発展させ、1曲を通して弾いても音は出ないが、倍音の打鍵に共鳴する鍵盤を作るわけだが、この奏法もシムの独創ではなく、ケージは《南天のエチュード》(1974-75)で用いている。打鍵は一定の間隔で、強弱や表情を極力付けないよう指定され、ペダルも使えないので、曲の性格は保持音の選択で決まる。井上もこの点を意識して選曲を行ったようで、1曲目は残響が強く残る曲、2曲目は殆んど残らない曲だった。彼の音楽的志向は見えてきたが、オリジナリティはまだあまり感じられない。

 引き続き、シムのトークが行われた(ドイツ語、通訳:藤井喬梓)。ラッヘンマンがレッスン中に突然黙り込み、数分後に「何が聴こえた?」と訊ねたという話や、病床のノーノを見舞いに行った時に「環境音を書き留めた譜面」を見せられた話を通じて、彼らのような構築的な作曲家でも、「聴く作曲」を実践していることがまず語られた。後半の曲への布石として、身体運動から音楽が生まれるプロセスへの関心について話し、日本の風土から学んだものとして、「受動的な聴取」の重要性を強調した。これは、大友良英高橋悠治から学んだものとしてしばしば言及している、「周辺聴取」と同じ聴取姿勢を指すものと思われる。

 さらに、そのデモンストレーションとして、パフォーマンス作品《すみません》を上演した。聴衆に割箸を配り、シムが合図を出している間だけ、自分と他人の音をぼんやり聴きながら箸を折る、という内容である。彼は専門的な聴衆30名程度のセミナー的なコンサートを想定していたようで(ケージやフェルドマンの強い影響は誰でも気付くだろうから、トークではあえて語らなかった、とあとで話していた)、彼が用意した割箸は全然足りなかったが、割箸を折る音の代わりに、ティーカップをテーブルの上でゆっくり引きずる音でもよい、とのこと(要するに、マナーが良くないとされる音なら何でもかまわないのだろう)。だが、当初の設定は、デモンストレーションとしては必ずしも適切ではなかった。割箸を折るのは結構力がいる上に、続けて折ると棘が気になり、自分の音は聴けても、まわりの音まではなかなか聴けない。彼の指示も、二息か三息で折るのを止めさせ、一息か二息置いてまた折り始めさせることの繰り返しなので、そこに立ち現れるのは、指揮者の身振りに集中して音を出すヨーロッパ的なアンサンブルでしかない。「寿司屋は箸で選ぶ」という話をマクラに、指示への反応の練習としてまず箸を割らせ、「美しい前奏曲でした」とコメントして笑いを取るあたりはトーク慣れが窺えたが、パフォーマンスの捉え方はまだコンセプト優先で、高橋悠治の域には及ばない。

 昼間はカフェレストランとして営業している会場なので、休憩時間にはケーキと飲み物がサービスされた。後半を占めた《12の間奏曲》(2002)は長時間の集中を求める作品なので(この日演奏されたのは12曲のうち6曲)、このシステムはありがたい。この作品で記譜されているのは、階段状の線で結ばれた数字と、反復記号やフェルマータなどの若干の記号のみ。この数字は鍵盤を押さえる左手の指、階段の高さは次の音までの相対的な距離を表す。左手では音を出さず、指の位置が決まったところで右手でオクターブ上の音を弾く。《ピアノ/聴く》と同様の禁止事項があり、常に単音を訥々と弾くだけになるが、指の番号も階段の高さもチャンス・オペレーションで決めているため、指の位置を決め辛いアクロバティックな配置が頻繁に現れ、普通に弾けば音と音の間隔にはおのずと大きなゆらぎが生じる。また、常にオクターブ下を押さえて発音するため、安定して共鳴が起こる。さらに低音域の3個の鍵盤を押し下げ、鍵盤の間に楔を挟んで固定する。押し下げる音どうしが協和しているほど共鳴も強くなり、曲ごとの変化が生じる。井上は時々左手でも音を出してしまったが、オクターブ下の幽かな前打音として、音楽に自然に取り込まれる。これもシムの計算のうちだろう。

 この記譜法はこの作品が最初というわけではなく、ホームページで公開されている譜面の中でも、《piano step》(2001)で既に用いられている。だが、この先行作品では、《12の間奏曲》とは違って開始音が指定され、鍵盤を押し下げる仕掛けもない。本作では1曲はひと続きなので、開始音は手が鍵盤外にはみ出さない範囲で自由に選ぶことができる。井上の演奏では、どの曲でも音域は2〜3オクターブ程度に収まっており、選択の範囲は広そうだ。チャンス・オペレーションとは言っても、指が届かない配置が出たり、手が一方向に動きすぎた場合はサイコロを振り直すとのこと。また、終結部に同音反復が現れるような曲もあり、ケージのように厳格に主観を排除して音を選んでいるわけでもなさそうだ。手の幅以上の跳躍は起こらないので横の線のヴァリエーションは乏しくなるが、その分を音色の多様性で補うために、鍵盤を押し下げる工夫を加えたのだろう。

 この日取り上げられた曲、ホームページで公開されている譜面、演奏時間5分と3秒の2曲が収められたCD (Edition Wandelweiser, EWR 0104)だけでは彼の全貌は論じられないが、近作になるほどオリジナリティが感じられる点や、ヴァンデルヴァイザー楽派を離れた理由として「参加者の方向性が年とともに似通ってきて、現代音楽界でも『楽派の一員』という風にしか見られない」ことを挙げている(ただし、決定的な対立があったわけではなく、現在も作品演奏などの交流はあるという)点からも、意欲的な作曲家のひとりとして、今後の活動に注目していきたい。なお、この日の井上は音楽の表面には全く出てこなかったが、これはむしろシムの意図を十分に理解した上で、黒子に徹する道を選んだのだろう。

(2003年11月19日 表参道・カワイミュージックショップ青山

(c) 2003 Yoshihiko NONOMURA
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