テトロー&ラブロッセ+Filament+竹村ノブカズ |
野々村 禎彦 |
1997年5月、イタリア・ボローニャ、アンジェリカ・フェスティヴァル。Ground-Zeroの解散を決め、その後の道を模索していた大友良英とSachiko Mは、モントリオールのターンテーブル奏者マルタン・テトローとサンプラー奏者ディアン・ラブロッセのデュオを聴いた。これらの楽器は、意味性を濃厚に背負った音源をカットアップしながら堆積させ、情報の洪水を生み出す道具として80年代から90年代半ばにかけて一世を風靡したが、彼らが聴かせたのは、これらの楽器の全く異なる側面だった。ラブロッセは、サンプリングした素材から極力意味性を剥ぎ取って単なる音響として鳴らす。テトローは意味性のある音源を鳴らすこと自体を放棄し、カートリッジとレコードやターンテーブルの表面が接触するノイズを聴かせる。音の連接から意味を読み取るのではなく、垂直に切り立った瞬間に耳を澄まし続ける音楽。このコペルニクス的転回の衝撃が、彼らを「Filament」の禁欲主義へ導いた。その後も大友やSachiko Mはテトローと共演を続けたが、彼らの転換の原体験になったラブロッセを加えたデュオとの共演が、今回ようやく実現した。
今回のライヴはまずテトロー&ラブロッセとFilementの共演企画として予告されたが、公演が近づいて前売開始という段になって、竹村ノブカズ(laptops)の参加がアナウンスされた。大友と竹村の初共演ライヴの記録を、今回のライヴを企画したHEADZが11月6日に発売したこともあり、「レコ発」という意味合いもあったのだろう。テクノポップのChildiscレーベルを運営し、メジャーレーベルのリミックス企画にもしばしば参加する売れっ子の登場とあって、平日の夜7時開演という公演にもかかわらず、場内は立見客で埋まった。普段のこの会場では、中央壁際の音響ブースの向かいに置かれたPAの間が演奏スペースになり、その前にベンチが扇状に置かれ、この「音楽鑑賞スペース」の外側に丸テーブルやソファが並ぶ。だが、この日の配置では、普段の演奏スペースにあるテトロー&ラブロッセと竹村用の机に加えて、差し向かいでFilament用の机が置かれ、ベンチはすべて取り払われている。音楽をPAの内側で聴けるのは、満場の注目を浴びて2組の机の間に座り込んだ10数名と、音響ブースに寄りかかって立つ数名のみ。丸テーブルやソファは開場後程なく埋まり、大半の聴衆はその周りの床に座るか、そのさらに外側に立つかという状況で開演した。
まず現れたのはテトローと竹村。テトローはSPプレイヤーに3本のアームを取り付けた独自のターンテーブルを用い、竹村は2台のラップトップを使う。5人の音楽家がひとり2回ずつデュオで登場するプログラムが組まれたわけだが、この最初の組み合わせは失敗と言わざるを得ない。テトローの針音の微妙なニュアンスは、初期電子音楽風の発振音やサンプリングした声の単純な変調といった、既聴感の高いパターンを繰り出す竹村のプレイにことごとくかき消されてしまう。テトローはターンテーブルを外して金属ボディを針で引っ掻くプレイに移るが、この音でもまだバランスは取れない。最終的には、回転しているモーターをボディに押し付けて得られるノイズがメインになったが、こんな大味な音しか出せない状況では、テトローがプレイする意味は殆んどない。
次は、ラブロッセとSachiko Mのデュオ。女性サンプラー奏者どうしの対話だが、具体音をサンプリングし、手かざしで再生スピードを変化させるセンサー(手かざしで音高を変化させるテルミンのように)を多用する近年のラブロッセの音は、楽器の持続音のように正弦波発振音と干渉を起こすことも、生の具体音のように正弦波発振音に縁取りされて浮かび上がることもない。しかも彼女は、持続するサンプラー音源に時折発振器のノイズを絡ませるSachiko Mの緩やかなテンポには耳を貸さず、急速な変化を繰り返す「サンプラーらしい」プレイに終始して、ふたりが交わる場面は皆無だった。
そして、多くの聴衆にはこの日の目玉だった大友と竹村のデュオ。竹村の演奏スタイルはテトローとのデュオと殆んど変わらないが、大友は竹村の音にターンテーブルのフィードバックや低音域の発振音で応えられるので、ふたりの演奏はそれなりに合っていた。テトローのセッティングでは、ターンテーブルの信号はミキサーとボリュームペダルを介して音響ブースに送られたが、大友のセッティングでは足元のギターアンプからいったん音を出してマイクで拾っており、フィードバック中心の音作りは、準備段階から想定されていたようだ。しかも、フィードバック中心の演奏とは言っても大音量を保つわけではなく、フィードバックがまさに起ころうとする臨界状態の微妙な音色にスポットを当てていた。セットの後半には、交互に持続音を出して相手の針音や声の変調音を引き立てようとする場面もあり、2回目の共演となるとお互いの手の内も見えてきたようだ。
残るは、各ユニット本来の編成による演奏。まずはFilamentから。《29092000》(AMOEBiC, AMO-SAT-03)としてリリースされたライヴのように、Sachiko Mは高音域の発振音を最初から最後まで保ち、そこに大友が絡む展開だが、この時のように重低音やエレクトロニクスの発振音は混ぜず、針音のみで通した。この会場で2003年2月に行われたライヴでは、彼らは多様な素材を用いた雑然とした演奏を行ったが、今回は一転して従来以上に素材を絞り込んだ。演奏が進むにつれて場内のざわめきが静まると、それまでは意識されなかった物音が浮かび上がり、発振音や針音のゆらぎが感覚的に増幅されていく。《29092000》が録音された3年前には、このような音楽は既に一定の市民権を得ていたが、決して静寂とは言えない会場で、決して良好とは言えないPA環境で、決してこのような音楽に慣れているとは言えない聴衆を前にしても、コンスタントに質の高い演奏ができるようになったのは進歩である。ラストはフェードアウトする前にいきなり音を切る形になったが、唐突に現実に引き戻されるのも、これはこれで悪くない。
正規のプログラムの最後は、テトロー&ラブロッセデュオ。まず、テトローはクシャクシャにしたソノシートに針を全部落として盛大にノイズを出し、ラブロッセも矢継ぎ速にサンプリングネタを繰り出す。するとテトローはラブロッセに合わせて、レコードに針を押し付けたりコンタクトマイクで擦ったりしてリズミカルなノイズを生み出す。テトローはアームにレコードを投げつけて衝撃音を出したり、ソノシートでカートリッジを包んで揉みしだくようなプレイをしばしば見せた。ラブロッセがステディ・ビートを出す場面すらあり、この日の全ステージを通じて最も具体的でわかりやすい。各々の最初のセットのフラストレーションを晴らした結果、このような演奏になったのかもしれないが、これではダウンサイズしたマークレイ&オスタータグデュオ以上のものではない。彼らがFilament結成の触媒になったことを、この日の演奏から想像するのは難しかった。
この時点で既に10時を回っていたが、さらに短いセットがふたつ追加された。まず、テトローと大友のデュオ。冒頭から大音量ノイズの応酬が続いた。テトローは針やコンタクトマイクでレコードを擦り、大友はターンテーブルを拳で叩いたりフィードバックの音量を上げたり。派手さはテトロー&ラブロッセ以上だが、音楽はあくまで抽象的だ。最後はお約束で、全員の演奏。Sachiko Mは正弦波発振音を殆んど使わず、机をガタガタ揺すってそのノイズをコンタクトマイクで拾っていたが、他の音楽家も音はあまり精緻にコントロールせず、いかにもセッション的な演奏。竹村は、このカオスを明確な方向性を持つ音で縁取り、ようやく本領を発揮した。
このライヴを振り返るにあたって、第一のポイントは竹村の参加をどう捉えるかだろう。テトロー&ラブロッセとFilamentのメンバーがソロからカルテットまで、さまざまな編成で出会うようなライヴが理想的だったはずで、観客動員優先の企画には疑問がある、という見方はもちろん可能だろう。だが、筆者はそこまでネガティヴには捉えたくない。TEMPUS NOVUMの演奏会で、ヲノサトルをゲストに迎えた回に会場を埋めたヲノファンは、彼の曲が終わるや否やさっさと席を立ってしまったが、この日はこのようなことはなく、Filamentへの拍手は、むしろ大友&竹村デュオへの拍手よりも大きかった。この一件をもって「Filamentが新しい聴衆を獲得した」と受け取るのはおめでた過ぎるが、「インプロ」ファンには依然アレルギーが強いこのような音楽も、より「商業的」ということになっている別な世界では違和感なく受け入れられている、という事実は興味深い。
今回の企画の問題はその先、演奏家の組み合わせにあった。テトロー&ラブロッセとFilamentは、どちらも編成はターンテーブルとサンプラーのデュオだが、各ユニットにおける音楽家の役割を考えると、Sachiko Mに対応するのはテトロー、大友に対応するのはラブロッセである。竹村と合うのはラブロッセのはずだし(最後のセッションでも、このふたりが最もシンクロしていたように感じられた)、この日は見えなかったテトローの繊細な面も、Sachiko Mとのデュオなら引き立ったことだろう。「珍しい出会い」自体に意義を見出す態度は、今日の音楽状況にはそぐわない。実績のある安全な組み合わせに終始するだけでは企画の名には値しないが、各音楽家の志向を見極めてポテンシャルの高い組み合わせを作るところまで、現在では求められているはずだ。
(2003年11月11日 六本木・Super Deluxe)