"From Vienna"

野々村 禎彦

 字数も〆切も指定されたレビューは箱詰めゲームのようなもので、思いの他ゲーム感覚で筆が進むものだが、そのような制限のないウェブ上での批評では、「賞味期限」などお構いなしに筆が止まってしまうことがしばしば起こる。多くの場合は、あまりに豊かな素材を前に途方に暮れるということだが(最近の本サイトでは、大友ANODETsahar & 中谷のレビューがそれにあたる)、時には逆のケースもある。ウィーンと日本の音響的即興音楽家が顔を合わせ、そこにNYのSean G. Meehan (Perc.)も加わった今回の2日間のライヴはその典型だった。このようなこと自体はしばしば起こり、レビューは往々にして立ち消えになってしまうが、決して「期待外れ」だったということではない。本サイトの更新も活発化してきたこの機会に、あえて記憶の淵を掘り返してみた。

 ウィーンの音響的即興シーンを支える音楽家たちは大きくふたつの世代に分かれ、今回来日した3人は1960年代前半に生まれた年長世代に属する。80年代に多様式な実験的ジャズ(Vienna Art Orchestraを思い出そう)から出発したBurkhard Stangl (G.)とWerner Dafeldecker (Cb.,G.)を特徴付けるのは、作曲志向と現代音楽志向の強さである。彼らが「作曲家」と自己規定していることはウェブサイトの記述からも明らかである。シュタングルはノイヴィルト作品の録音にしばしば参加している。ダーフェルデッカーが運営するDurianレーベルは、Kairosレーベルが現代音楽録音に傾斜する以前はクラングフォーラム・ウィーンの録音を数多くリリースしていたが、現在でも実験性の強い作品のリリースはこのレーベルが担当している。Christof Kurzmann (laptop,Cl.)は、Christian Fennesz (laptop)と並んでこの世代を代表するエレクトロニクス奏者であり、クルツマンが運営するCharhizmaレーベルのリリースは、彼の幅広い関心と国際性を伝える。1970年代前半に生まれた世代には、Martin Brandlmayr (Ds.)、Martin Siewert (G.)、Dieb13 (a.k.a. Dieter Kovacic, Takeshi Fumimoto,...; turntables)らがいる。彼らの音楽的ルーツはポストロックであり、その音楽性の核にあるポピュラリティのおかげで、RadianTrapistなどのユニットは、年長世代を飛び越えて一般的知名度を獲得しつつある。

 まず、初日を演奏順に振り返る。最初は大蔵雅彦(A.Sax.,bass hose)とダーフェルデッカー(Cb.)のデュオ。大蔵は息音中心のプレイだが、S.Sax.ほど息がストレートに抜けないせいか、やや単調な印象。ダーフェルデッカーはハーモニクスや駒留の反対側を弾いて淡々と受ける。トップバッターだから遠慮したというよりは、借り物の楽器の限界だろう。次は杉本拓(El.G.)、秋山徹次(resonator G.)、シュタングル(Ac.G.,El.G.)トリオ。シュタングルはAc.G.もボディにマイクを入れて弾き、生音は秋山のみだが、むしろ全員の音量を揃えるための増幅だった。秋山は普段のペースでザクザク弾き進める。ゴム紐を引っ掛けてミュートしたり、金属棒で叩いたりと奏法も多彩で、アンサンブルを先導する場面が多い。杉本も普段通り、沈黙の時間が多い。秋山と杉本は活動初期にデュオを組んでいただけに、近年はこのフォーマットで一緒に演奏する機会は少ないが、いざ共演するとやはりよく合っている。この日のシュタングルは、このデュオにコンスタントに異物を供給するというスタンス。バルトーク・ピッツィカート、弓を用いたコル・レーニョ、撥を用いて三味線のように弾くなど、Ac.G.に他の弦楽器の奏法を持ち込む。他方、自分が中心になる瞬間はむしろ「ギターらしい」音色で穏やかに弾く。El.G.に持ち替えても、「持続音が出せるAc.G.」という弾き方で方向性は変わらない。

 休憩を挟んでSachiko M (sine waves)とミーハン(snare drum)のデュオ。録音行為には決して積極的ではないミーハンが、彼女とのデュオは自主制作しており(ルシオ・フォンタナ風の凝った手作り紙ジャケット, no number)、この日も彼女の音をじっくり聴いて愛でるように演奏した。この日のSachiko Mはサンプラーの正弦波発振音がメイン。ミーハンは小シンバルをスネアドラム上に置いて側面を竹ヒゴで擦り、共鳴で生じる持続音を正弦波発振音と干渉させて揺らす。響線のオンオフ操作で音世界を大きく切り換えるのが、このシンプルなセットの切り札だが、この日は常時オンにして響きを濁らせ、正弦波発振音とのコントラストを強調する。ミーハンは飽和状態になってくると大シンバルに持ち替えようとしたが、Sachiko Mが一足先に発振器の立ち上がりノイズを混ぜ始めたので思い止まり、結局音は出さずに元に戻そうとする。彼が再び音を出し始める刹那、Sachiko Mは新たな音を加えてシンバルの倍音とも干渉させた。万華鏡のように広がるミーハンの音。フェードアウトして終曲に向かうのが名残惜しい。

 この日の最後は、ダーフェルデッカー、シュタングル、クルツマンのトリオ。サウンド自体はそれまでのステージ以上に地味だった。ダーフェルデッカーもシュタングルも特殊奏法は控え、クルツマン(laptop)もホワイトノイズが中心で耳を刺すような音は殆んど出さない。その反面、視覚的には派手だ。シュタングルはAc.G.とEl,G.をしばしば持ち替えるが、El.G.はあえて増幅せず、ハードロック調の激しいアクションで弾いても音がついてこない状況を作り出す。ダーフェルデッカーもそれに合わせて胴を弓で弾きむしる。空回りする身体運動ととぼけた電子音の組み合わせは、「音響的即興」の一般的イメージとのギャップを楽しんでいるかのようだ。

 2日目は、最初のステージが全体を喰ってしまった。宇波拓(laptop,objects)とシュタングル(3Ac.G.)のデュオは、「外れた」演奏を志向するふたりの顔合わせで息はぴったり。宇波はラップトップの信号でスピーカーユニットを振動させ、その上に置いたオブジェを鳴らす、近年積極的に取り組んでいるスタイル(《Poltergeist》(Kissy, kiscdr014)で純粋な形で聴ける)。シュタングルは3本のギターを並べたが、普通に弾くのは1本のみ。日本で買ったという2本は、かたや電動ピックアップを取り付けて自動演奏し、かたやスタンドに立てたまま演奏の合間にはじく。東京と関西を往復する1週間にわたる日本ツアーの全公演に同行した宇波は、酒豪でハイテンションな3人(ステージでの寡黙な佇まいからは想像できないが)に連日付き合って憔悴しきっていたが、演奏技術も反射神経も必要としないこの演奏スタイルでは、身体は脱力して感覚だけが冴えている状態は、実は好都合だったのかもしれない。

 まず、スピーカーユニットに薄い金属板を乗せ、カタカタ振動させる。さらに錘でダンプして音色を比べる。金属板を外し、今度はパチンコ玉を投入。ユニットの厚みで、多少跳ねても落ちない。さらにクラリネットのラッパをユニットに引っ掛けて回す。ガタガタ振動しながら落ちそうで落ちない状態で回り続ける。このあたりから、とんでもないことが起こっているのではないか、という雰囲気が漂い始めた。さらに金属缶を被せると、跳ねたパチンコ玉が底に当たって絶妙なリズムを刻む。缶を掌で押すと音色も変化し、振動しなくなるまで強く押し付けると音は止まる。可聴域外の超低音でコーン紙のみを振動させるプレイが中心だが、同じスピーカーから時折ホワイトノイズも出す。メインスピーカーはひとつだが、サブスピーカーも時々鳴らす。シュタングルはこの一連のイヴェントに張り合おうとはせず、むしろ演奏の手を休めて面白そうに眺めている。ついにパチンコ玉が転がり落ちたのが、エンディングに向かう契機になった。「勝ち将棋鬼の如し」という言葉もある通り、会心のパフォーマンスでは、あらゆる偶然が必然であったかのように継起するものだ。この状況がひとりに降って来た時は、極力邪魔しないのが共演者の務めだろう。

 次は中村としまる(no-input mixing board)、Sachiko M、ダーフェルデッカーのトリオ。この日は結局ベースが借りられず、ダーフェルデッカーはシュタングルのEl.G.を持って現れた。中村とSachiko Mの普段通りのトリオに、ギターの弦やボディを叩く合いの手が入る展開だが、ダーフェルデッカーのテンションの低さがふたりにも伝染してしまったようだ。最後は吉田アミ(voice)、クルツマン、ミーハンのトリオ。吉田の息音や囁きをクルツマンがCl.で模倣して始まり、喉が本調子になってくるとますます彼女がイニシアティヴを取り、ふたりは終始ハウリング・ヴォイスを受けるのみ。筆者が宇波の演奏に中てられて細部を聴けなくなっていたのかもしれないが、各音楽家の単なる足し算にも及ばない単純な展開は、音楽家も含めてこの場に居た全員が中てられていたということのように思える。そしてアンコール代わりに、2日間の出演者全員によるお約束のセッション。

 機材の問題やアクシデントに加えて、強行日程の日本ツアーの最後の2日ということもあり、今回の演奏が彼らの本領とは思えないが、すべてが終わって「ウチアゲ〜!!」(注)とはしゃぐ彼らの姿は印象的だった。日本の即興音楽の世界では、ジャンルの歴史の浅さも手伝って「外タレ崇拝」がいまだに根強い。その反動として、日本に居を定めた音楽家を「変な外人」扱いしたり、「日本の方が凄い」ことを必要以上に強調する態度もしばしば見られた。だが今回のツアーからは、お互いを同時代の仲間として尊重する雰囲気が伝わってきた。時代はようやく変わりつつあるのだろう。

(2003年12月7・8日 明大前・Kid Ailack Art Hall

(注) 彼らは「打ち上げ」という日本の習慣をよほど気に入っているらしく、2004年2月から3月にかけて、ベルリンとウィーンで"UCHIAGE!"という即興フェスティヴァルを主催した。今回の日本側共演者も大半が参加した。

(c) 2004 Yoshihiko NONOMURA

Live Review - 03/12/20 大友良英《ANODE》東京公演
Brief Report - 03/12/12,13,15 Assif Tsahar & 中谷達也 日本ツアーより
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