木村まり来日公演より

野々村 禎彦

 木村まりは、現代音楽ファンにはリゲティアダムズヒルボリらのヴァイオリン協奏曲における骨太で強靭なソロで、即興音楽ファンにはヘンリー・カイザーミシェル・ドネダらとのセッション録音における軽やかな弓捌きで、強い印象を残している。現在はニューヨーク大学で教鞭を取っている彼女は、コンピュータ制御された音具や画像とのインターラクティヴ演奏を研究しており、今回の来日の主目的は、浜松で行われたNIME04におけるデモンストレーションだった。その後はエヴァン・パーカーとの日本ツアーが予定されていたが、パーカーの来日が直前にキャンセルされたため、急遽決まった公演を本稿では取り上げる。

 6月7日に近畿大学四谷ギャラリーで行われた公演は、浜松における学会の前後に名古屋・中京大学情報科学部メディア科学科と京都・ATRメディア情報科学研究所でも行われた、インターラクティヴ演奏のデモンストレーション。今回の来日公演には、インターラクティヴ音具を制作したEric Singerも同行しており、開演前と終演後には金属フレームに取り付けた小型打楽器をラップトップで操作する"ModBots"が披露された。自動演奏モードではチープなハウスのようなパターンが流れていたが、個々の楽器ごとにオンオフでき、速度やパターンも変えられるようだ。木村が現れると"ModBots"は片付けられ、説明や質疑応答を交えたデモンストレーションが始まった。1曲目の《Subharmonic Partita》(2004)は、彼女が開発したサブハーモニック奏法を浜松の学会で説明するための実用的小品。J.S.バッハの無伴奏パルティータ3番第1曲を弾き始め、音がG線にかかるたびにサブハーモニック奏法でグニャッと曲げる。この奏法は、初心者が弓を強く押し付けて出してしまうノイジーな音(弦の縦振動モード?)をコントロールして音階を出せるようにしたもので、最低音は通常の奏法の1オクターブ下まで伸びる。

 2曲目の《GuitarBotana》(2004)は"GuitarBot"のための作品。この創作音具は、1本の弦をモーターの回転ではじき、スライドギターの要領で音程を取る操作をMIDI信号に従って行う、CPUを取り付けた独立なユニットを4個合わせたもの。個々の音は1曲目のように確定されているわけではなく、ヴァイオリンの音に反応してMIDI信号を送るMax/MSPのプログラミングが「作曲」に相当する。ヴァイオリンのフレーズ自体は即興的に弾かれるが、GuitarBotの反応は細かくセクションに分かれている。ある部分ではヴァイオリンの音型を模倣し、ある部分では特定の音よりも高い音をトリガーに既成パターンを奏し始め、ある部分ではヴァイオリンの音の大きさがトリガーになり、というような設定が即興の内容を規定している。ヴァイオリンの音自体もコンタクトマイクで拾い、増幅や若干の加工が行われる。時にエレキヴァイオリンに持ち替えながら、まず全曲を通して演奏した後、質問に応じて該当箇所を弾きながら気さくに質疑応答を行った。例えば、セクション構造を取っている理由を尋ねられると、完全決定型のアルゴリズムを作ったら一箇所のトラブルで全然先に進まなくなって困ったから、と答えて笑わせたり。また、即興が型にはまるのを防ぐため、演奏のわずかな違いでGuitarBotの反応が大きく変わるようなアルゴリズムになっているという。なお、最も受けていたのは、「ギターなのになぜ弦が4本しかないのですか?」という質問にジンガーが「予算がなくなったから」と答えた時だった。

 最後は《Polytopia》(2004)。Liubomir Borissov制作のインターラクティヴなCG(シンプルな人形数体が、ポーズを変えながら画面を横切るパターンのさまざまなヴァリエーション)との共演を前提にした作品で、画像の順序や展開も、音楽の展開も確定度はかなり高い。この日はステレオで再生されたが、本来は5.1chで再生するために作曲されているという。この日の3曲の中では最も「音楽的」だったが、それでもインターラクティヴ演奏という制限は、「限定の中で音楽を深化させる」という積極的な意味を持っていたとは思えなかった。この日の演奏に不満を感じたことで逆に、彼女の本領はおそらく自由即興であり、それを聴かないことには始まらない、という思いを強くした。

 そこで、彼女が今回の来日公演で唯一自由即興を行う、6月9日の六本木・Super Deluxeでのライヴにも足を運ぶことにした。この日の1曲目は、木村と大溪晏弘(laptop)のデュオにGuitarBotを加えた演奏。「作曲作品」ではそれなりに聴けたGuitarBotだが、即興の中では遅さや単調さが際立ってしまう。GuitarBotの「生演奏」よりも、ギターのサンプリング音を用いた大溪の表現の方がはるかに豊かだ。大溪のノイジーな合成音に、7日と同じ機材で自らヴァイオリンを変調しながら応える木村も軽やか。だが、大溪の演奏がドローンを背景に環境音を流すタイプに移ると、木村はあまり音を返さなくなった。現代音楽演奏でも即興の現場でも、徹底的にドライな音世界に身を置いてきた彼女は、ノスタルジックな甘さを持つ大溪の音楽とは合わなかったようだ。特に、彼がヴァイオリンをサンプリングしたロマンティックな旋律を流し始めてからは、木村はほぼ聴くだけになってしまった。

 続けてSachiko Mソロ。この日のライヴを企画したJAZZ & NOWは、木村とE.パーカーのツアーが流れた代わりに、「hypogeous sound」シリーズ第1回でのソロに続けて彼女を登場させた。共演者のソロが入る変則的なプログラムは、まずSachiko Mの特異な演奏スタイルを木村に体験してもらおうという配慮であり、木村も控室代わりの奥のソファを離れ、PAの正面で彼女の手元も見える席に移動して真剣に聴き入っていた。この日の演奏は、正弦波発振器の発振音を左右に短く振り、そこに掌に握り込んだコンタクトマイクのノイズを合わせるもの。さらにサンプラーにプリセットされた正弦波発振音を重ねると、4月10日のソロで出現した音世界を、今度はあらゆる音楽要素を完全にコントロールした上で実現したことになる。思えばベイリーE.パーカーのソロも、用いる音色は独自だが音色のパレット自体は決して広くはなかった。彼らのソロの豊かさの核心は、時間を分節する手法の独自さと多様さにあり、近年の彼女は全盛期の彼らと肩を並べる域まで来た。

 休憩を挟んだ木村とSachiko Mのデュオが、この日の白眉だった。一切の予備動作抜きで音世界が変化していくSachiko Mの音楽のスピード感に圧倒されたという木村は、倍音奏法を即興の中心に据えた。左手のポジションは変えなくても、指圧(通常の倍音奏法の場合)と弓圧(サブハーモニック奏法の場合)のコントロールだけで瞬時に音を変えられるので、Sachiko Mのスピードにも十分対応できる。通常の「早弾き」はあくまでフレーズを素早く繰り出すための技術であり、フレージングの外側で音楽を作る自由即興音楽の速度には追いつけないが、木村はそのあたりをよく理解している。サンプラーの持続正弦波には弓で弦を間欠的に打って合いの手を入れ、机上で不意にコンタクトマイクを引きずる、ソロでは見せなかった変化球には、全く無関係に弾き続ける。ある時は「反応」せずに速度だけ合わせてフレーズでも手癖でもない断片を奏し、ある時は一切「対抗」せずに我が道を行く。しかも、ヨーロッパ自由即興音楽第1世代を想起させる要素は皆無。これが現代の自由即興音楽だ。

 プログラムの最後は、《Polytopia》の再演。ハイテンションな即興に続けて弾くと、デモンストレーションのノリで弾いた6月7日よりもはるかに引き締まった演奏になった。音楽の展開も映像の展開も大筋は変わらず、各セクションが長くなったり人形がよく動いたりするだけではあるが、音楽が豊かになると映像も豊かになる、というインターラクティヴ演奏の醍醐味を体験できた。なお、アンコール代わりに行われたのは、ハウス音源を用いた"Sonic Banana"のデモンストレーション。サングラスでキメて舞台に上がったジンガーが、CD-Jのような音響操作をバナナ型のオブジェを曲げたり捻ったりして聴かせたが、それまでの即興の快い緊張感を台無しにする脱力音楽だった。ロフトの雰囲気を漂わせていた麻布十番・Deluxeの時代とは様変わりし、ユルいパーティもしばしば行われるようになった会場には似合っていたのかもしれないが……

 6月9日のライヴは素晴らしかったが、手放しで賞賛する気にはなれない。今回の公演のハイライトは、これまで現代音楽演奏で垣間見せていた彼女の美質がJAZZ & NOWの的確なプロデュースで発揮されたことであり、彼女が自ら行ったのは、GuitarBotを即興に加えたり脱力アンコールを許したり、といったことだった。クラシックコンサートや現代音楽祭では、依頼された曲を見事に解釈すれば「演奏家」としてはそれで十分だが、創造的な音楽家としてはそれだけでは足りない。そこで重要なのは、活動を自らプロデュースし、創造的な状況を作り出す能力である。即興音楽家ならば、自らの音楽性にふさわしい共演者を見出して繰り返しライヴを行ったり録音を残したりすることにあたり、作曲作品の演奏では、知られざる才能を発掘して新作を委嘱したり、これまで正当に評価されていなかった作品の真価を抉り出す解釈を提示することにあたる。現代音楽と即興音楽のふたつの領域で優れた活動を行うことは決して容易ではないが、ティルパリーやレアンドルのような先人と比べてしまうと、彼女にはまだ課題も多い。インターラクティヴ演奏が突破口になる可能性も、6月7日の演奏を聴く限りでは可能性の段階に留まっている。

(c) 2004 Yoshihiko NONOMURA

Live Review - 04/04/10,18 Sachiko Mソロ2題
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