大友良英《Grid》Ver.1 |
野々村 禎彦 |
近年の大友の関心は大アンサンブルに向かっている。本サイトでも《Anode》東京公演を取り上げたが、編成をさらに拡大した集団即興に同様な制限を加え、ひとりの音密度は小さくしてアマチュアでも参加できるようにした《Portable Orchestra》プロジェクトは、ワークショップ形式で上演が続けられている。大友良英New Jazz Quintetも、菊地成孔からアルフレート・ハルトへのメンバー交代を機にSachiko Mと高良久美子をメンバーに加え、New Jazz Ensembleと改名した。さらに客演者を加えてNew Jazz Orchestraと称する公演も予定しているという。
今回目黒区芸術文化振興財団の委嘱で「作曲」された《Grid》は、《Portable Orchestra》のひとつの発展形である。従来は、参加者公募はもっぱら即興音楽ファンの集う場で行われ、ワークショップ参加者が大友の近年の傾向や《Anode》のコンセプトを知っていることは半ば前提にされていた。しかもワークショップでは、大友と共演する機会の多い音楽家たちによる「模範演奏」が行われることも多く、即興には見かけ以上の制限が加えられていた。だが今回のプロジェクトでは、参加者は一般公募で地域性も強く、年齢は小学1年生から50歳代まで広がり、人前で演奏経験のない者も多かったという。当初の予定人数を大幅に上回る60名近くが参加し、その数は一緒に演奏するプロ音楽家たちの10倍近い。このような状況下で集団即興を行うためのシステムを作ることが、この作品における「作曲」にあたる。
この日はまず前半に、大友の作曲作品《Coal Ratio》が日本初演された。ヨーロッパ滞在中の2004年5月から6月にかけて作曲され、数回演奏されているが、今回の演奏メンバーは、大友(G.,Perc.,Cond.)、石川高(笙)、Sachiko M (sine waves)、大蔵雅彦(A.Sax.,bass tube)、西陽子(十七絃箏)、高良久美子(Vib.,Perc.)、イトケン(Ds.)に、ワークショップ参加者10数名。笙の和音と「音響的即興」(大友はあえてこの用語は使わないが)の対比がポイントという通り、石川を中心に数名で持続音を出し続け、その上にさまざまな楽器の散発的なノイズが浮かぶ。音楽は大友の数字キューで進行し、大蔵を先頭にTb.、自作発振器、T.Sax.の4名が場内を練り歩く。数字キューごとに発音者や発音パターンが変化し、音楽の成り行きは大友の手の内でコントロールされている。彼はさらに、指揮の合間にギターを弾いたり、机上のシンバルに別なシンバルを投げつけて衝撃音を発したりする。
笙の持続音があまりに強く、その上で何が起こっても予定調和になってしまうという印象を受けたが、大友によると、ヨーロッパでの演奏では笙は参加せず、その和音を管弦各3、4名で分担して弾いたという。それならば全く違う音楽になるはずだ。「笙」側と「音響的即興」側は同種楽器で、笙の和音は不安定にゆらぎ、両者はバランスが取れている。《Anode》東京公演と同様に、奏者が輪になった中に聴衆100名弱が座り、奏者の移動はその周りに限られる(ただし自作発振器奏者のみ、椅子席の間の通路も歩き回っていた)。筆者の席はこの輪の外側だったこともあり、自作発振器以外の移動の効果はあまり感じられなかったが、輪の中で聴けばまた違ったかもしれない。この日の演奏で目立ったのはこの自作発振器と、正弦波発振器の立ち上がりノイズだった。特にSachiko Mのノイズは、鳴るたびに近くの奏者が思わず振り返るほど全体のトーンから浮いており、予定調和を打破しようとする強い意志が感じられた。
後半の《Grid》では、前半では半分程度が空いていた楽器奏者用の壁際の椅子がびっしり埋まり、その内側にもう一周、サウンド・オブジェを選んだ人々が座った。ターンテーブルの針音のような馴染み深い音に加えて、段ボール箱を鋏で切り裂く音、風船を割る音、石臼を回す音、剣玉で遊ぶ音、野菜を切る音など、およそ思い付く音は一通り揃っていた。このような集団を制御するために大友が選んだのは、簡略版コブラを思わせるカード群でコンダクションを行うことだった。方法論の選択やルールの設定は、すべて公演前日のワークショップ中に行われたという(参加者のひとりKDM氏のレポート参照)。まず、カードの一覧を挙げる:
演奏指示カードについては、カード全般の使い方と併せて説明する。コブラ同様、各カードは振り下ろした瞬間から有効になる。振り下ろす前にカードを見せて、次のアクションを周知するのもコブラ通り。複数枚を同時に振り下ろすこともできる。コブラの指示は全員共通だが、本作ではグループごとに入りを指示するので、止めの指示も必要になる。そこでカードの方向に意味を持たせ、順方向を入り、上下逆方向を止めに対応させた。すると音高変化指示も1枚のカードで済み、矢印が上向きだと上行、下向きだと下行に対応する。音量を指示するカードは存在しないが、現場では柔軟に、左手の表情で操作していた。また、振り下ろした瞬間に変化するという規則を奏者指示や楽器指示にも拡張し、有効なカードをさらに振り下ろすたびに、フレーズのパターンや持続音の音程が変化する。「パン」はコブラの"Cartoon Trades"にあたり、このカードを振り下ろした後、指揮者が指差した方向の奏者が音を出す。「バン」は全員で「バン!!」と音を出す。「自由演奏」は全員による大音量カオスが意図されており、ポータブル・オーケストラで同様のカードを使った時のように、他人の音を聴きながら慎重に音を選ぶという意味ではない。
この日の演奏は数回の「バン」から始まり、まずは奏法指示カード、次いで奏者カードと楽器カードをさらう、教育的な道筋をたどる。動きは激しいが一本道の演奏を聴くうちに、奏者カードにSachiko Mだけ名前がなかった理由がわかった。ここでの彼女の役回りは、演奏指示とは独立な通奏低音としてサンプラーの正弦波発振音を流し続けることなのだ。参加者がカードによる演奏指示に慣れたところで、「ホース」の登場。それまでは持参した楽器を弾いていた数人が、ホースを手に取って振り回し始める。色以外は長さも材質も殆んど変わらず、すぐにユニゾンで安定したが、仕込みではないという。(注2)。その役割は明瞭で、50分に及ぶひと続きの演奏の中で、音楽の性格の変化を区切る標識として機能していた。複数の発音装置を用いていたのは彼らだけではなく、異種楽器をいくつも持ち替え、ほぼ常時音を出している参加者も少なくない。
最初の「ホース」の次は、さまざまなグループの組み合わせを足早に変えて音色の移ろいを作り出し、プロ奏者をソリストに指名して多彩な流れを実現する、最も聴き応えのある部分が続いた。30分が過ぎてやや集中力が切れてくると、冒頭のような全員で盛り上がる部分に移行して気合を入れ直し、最後は再び静かな部分へ。音が小さくて目立たなかったオブジェをソロ的にピックアップしながら終曲へと向かう。バックグラウンドを共有しない大編成アンサンブルによる集団即興の最初の試みとしては十分楽しめたが、プロ音楽家を集めた上演にはない独自の面白さが引き出された、というところまでは行かなかった。今回は、ポータブル・オーケストラのような制限事項は一切設定しなかったということだが、それは「周りに気を遣って合わせる余裕」を生んでしまったのではないだろうか。ともあれ、今後は時には演奏する側にも回りつつ、このプロジェクトの行方を追い続けたい。
なお、《Grid》プロジェクトの出発点は、2003年のLMCフェスティヴァルでキース・ロウと大友がオーガナイズした、演奏技術も文化的背景も大きく異なる50名前後のアンサンブルによる集団即興の経験だった。宇波拓との対談(『nu』創刊号参照)で《Uncomfortable Orchestra》と呼んでいる、「どの参加者にとっても居心地の悪い」中で妥協点を探っていく試みである。だが、少なくとも今回の公演は、この範疇には属さないように思える。確かに参加者のバックグラウンドは幅広かったが、ワークショップで決められたルールは前提として受け入れた上で自己表現を行うという点では統制が取れており、「居心地の悪さ」は客席からは感じられなかった。この理念を形にするためには、近年の大友の方向性に批判的なプロ音楽家も加え、ルールは二の次でとにかく目立ちたい、というような参加者も十分に受け入れた上でアンサンブルを組織する方法論を探るべきなのかもしれない(それが生産的かどうかはさておき)。
さらに言えば、この試みは80年代NYダウンタウンシーンの再検証に他ならない。「音響的即興」がヨーロッパ自由即興音楽第一世代の再検証という性格を持っていたことを考え合わせると、New Jazz Quintet/Ensembleでフリージャズ以降のジャズ史の再検証を行っている大友にとって、時代に先駆けた次なるテーマとしてこの試みが浮かび上がってくるのは自然なことだ。音楽史的には、世界に広がったNYシーンの幕引きを務めたのは他ならぬGround-Zeroであり、彼にとってこの再検証は「歴史的使命」でもある。今回の《Grid》が、ゲームピースとコンダクションという、NYシーンを象徴する方法論を折衷して上演されたのは象徴的だった。彼は今回の上演と同様の手法を、Ground-Zero初期のライヴ企画でもたびたび試みていた。あえて過去を掘り返すからには、メンバーの幅をどこまで広げるのか、NYや東京という地域性をどう考えるのか、といった当時は棚上げにしていた問題にも踏み込むことに期待したい。
(2004年8月29日 都立大学・めぐろパーシモンホール小ホール)
(注1) 大友の指摘による修正。最初の版では音量指示と解釈してレビューを書いていたが、この思い込みの原因は、非旋律楽器の方が多い編成なので、副作用として音量も変化していたことに加え、コブラのルールに引きずられたためだろう。
(注2) 大友の指摘による修正。最初の版では仕込みだと思ってレビューを書いていたが、この会場では物理的に演奏不可能な音具以外は、参加者の意向を全面的に尊重したという。規格が揃っていたのは、洗濯機にせよ掃除機にせよホースを買い足す機会は少なく、商品も限られているということなのだろう。また、構成的に特別扱いしたのは、音色的に目立つ「飛び道具」はあまり使いたくないので、出番を最小限にするためだとのこと。
(c) 2004-05 Yoshihiko NONOMURA