入間川正美:セロの即興もしくは非越境的独奏

野々村 禎彦

 チェリスト/ベーシストの入間川正美は、80年代半ばから活動を始め、演劇の世界にも深く関わってきたが、一般に知られるようになったのは1999年にジャズロックバンド"M's NEXUS"を結成して翌年にファーストアルバム(リトルモア, LMR-101-102)をリリースし、2002年に自主レーベルSPC Recordsを始めてソロ即興アルバムをリリースした頃からだろう。近年は異ジャンルのライヴに対バンで登場したり、EXIAS-Jのライヴにゲスト参加するなど演奏の場も広がり、筆者も遅まきながらソロ即興ライヴに足を運んだ。

 「セロの即興もしくは非越境的独奏」は、彼のチェロソロ即興ライヴのシリーズ名であり、同名のソロアルバム(SPC, MI-0001)は、2001年6月の録音を加工したものだった。毎回同じ会場で演奏し、アルバムジャケットにもなっているマイクセッティングで毎回録音を残している。床は漆喰打ちっ放しで天井も低いコンパクトな劇場だが、エンドピンを置く床の窪みも決まっていて既に磨り減り始めているあたりに、1998年に開始されたシリーズの年季が感じられる。今回の公演でユニークだったのは、2日公演の初日に来れば2日目は無料で聴ける、というシステム。毎回違う即興を1回の体験で判断されたくない、という意思表示なのだろうか。全公演を記録に残し、しかしディスク化の際にはあえて加工して(具体的には、ブロック構造の即興にポーズを挿入した「組曲」のような体裁で)リリースするのも同じ姿勢に由来するのだろう。

 筆者が聴いたのは2日目の公演。入間川は本来の開演時刻よりもかなり遅れて(もっとも、18時開演には筆者も間に合わず、むしろ有難い配慮だった)登場し、無造作に弾き始めた。思いのほか小さな音で、ゆっくりと。チェロはヴァイオリンほど細かく歌えず、コントラバスほどリズムもハーモニクスも出せないので、即興音楽界では奏者が少ない。この楽器は民俗音楽でもジャズでも殆んど用いられてこなかったという歴史的経緯もあるのだろう。だが、現代音楽の世界では、ヴァイオリンほど伝統の手垢にまみれておらず、コントラバスよりは音程が取りやすいという理由で、前衛の時代には非常に重用されていた。即興の素材として西欧戦後前衛音楽に直結するテクスチュアに的を絞っているのは、彼がこの楽器の歴史に自覚的であることを示し、「非越境的」と謳っているのは、いたずらな神秘化を好まない正直な態度だと思う。

 音を点描的にぽつぽつ置くだけではなく、持続音を歪ませながら盛り上げていく場面もしばしば現れるが、このような音楽の幅を内的ドラマとして提示するのではなく、偶然のゆらぎの大きさであるかのように無造作に放り出す姿勢が、彼の即興を特徴付けている。緊張感を高めるためではない、事故のような沈黙が高揚のさなかにしばしば挿入される流れも、ソロ即興としては異様だ。ノスタルジックではないが耳慣れた素材と、ランダムな生起ではないがドラマティックな解釈を許さない持続が結びつくと、聴き手の中には言葉にならない言葉、思考には至らない思考が湧き上がる。禁欲的な音楽言語と寡黙なステージマナーを旨とする彼が、言葉を饒舌に操る人々に囲まれているのは、このような音楽性に由来するのだろう。これで終わりだと言わんばかりに、駒留の近くに弓を擦り付けて盛り上がった挙句フェードアウトし、再び弱音で弾き始めたかと思いきや唐突に音を止め、「しばらく休憩したらもう少しやります」と挨拶して退場、という肩透かしのようなエンディングは、彼の音楽性は無意識の産物ではないことを物語る。予定調和を打破しようとする姿勢は、彼の演劇経験に由来するのだろうか。

 後半は、前半では極力ばらばらに提示されていた音楽要素がひとつに撚り合わされる場面が増え、「歌」や「ドラマ」を感じさせる瞬間も少なくない。現実と妄想、主観と客観が不分明に漂っていた前半の豊かな時間体験と比べて、方向付けの明確さを退屈だと評することも可能だが、同じことを繰り返したくないという強い意志には感銘を受けた。1日目の演奏を聴けなかったのが、あらためて残念だ。特定の音列を素材にした緊張と弛緩を繰り返す音響ブロックの並置、という相貌のソロ即興アルバムの地点からはるかに進化した音楽を目の当たりにして、今後の公演への期待が膨らむ。音楽の細部まで耳を澄まして描写し、彼自身の声にも耳を傾けることは、彼の音楽により親しんでからの楽しみに残しておきたい。

 入間川に最も近い音楽性の持ち主は、日本ではおそらく大蔵雅彦(A.Sax.,B.Cl.,tubes)だろう。楽器こそ違うが、共通点は実に多い。素材の限定、一見地味な音楽性、技巧に走らない姿勢、頻繁に挟まれる短い沈黙、物静かな態度、多様性に向かう志向をバンド活動で補完する活動方針。だが、ふたりの道は今のところ全く交わっていない()。音楽家の活動はコミュニティを前提にしており、直接の出会いがないのは無理もないが、客席の交流も皆無というのは問題ではないだろうか。ジャンルと党派性による細分化の時代は、ジョン・ゾーンが東京在住時代に精力的に行ったシャッフル活動と、その後の「インプロ」の時代に終わりを告げたのではなかったのか。この時代の表層の戯れへの批判が「音響的即興」の時代の推進力になり、細分化を通じて充実した音楽が生まれたことは確かだが、音楽家コミュニティの細分化に聴衆も殉ずる必要はない。情報化の進展は、杜撰な分類が生む異質なものの出会いの可能性を狭め、党派性の時代には見られた世代の広がりも失われている。かつて東浩紀が「郵便的不安」と名付けたものに、即興音楽界も覆われているのだろうか。

(2004年9月25日 高田馬場・プロト・シアター

() ふたりは実は、一度だけ同じステージに立ったことがある。本サイトでもレポートした、風巻隆が企画したセッションである。音楽家の本質を見抜く風巻の慧眼に敬意を表したい。

(c) 2004 Yoshihiko NONOMURA

Brief Report - 04/04/03 Toshi Makihara Project 2004: Improvisers' Network
Brief Report - 06/06/17 入間川正美:セロの即興もしくは非越境的独奏'06 vol.1/2
Top Page