クチノハひらひら:Lauren Newton & Urs Leimgruber + 巻上公一

野々村 禎彦

 ローレン・ニュートン(voice)は、パートナーの美術作家森幸峰が日本出身ということもあって日本公演の機会は多いが、ウルス・ライムグルーバー(T.Sax.,S.Sax.)の来日は2度目、2004年7月下旬に若尾裕が主催するCreative Music Festivalの講師を務め、芦屋、神戸、広島で3公演を行って以来である。今回のデュオツアーは東京圏を中心に数公演が組まれており、ニュートンのワークショップと巻上公一(voice,口琴)をゲストに迎えた公演が続けて行われる機会に足を運んだ。

 公演に先立って、巻上がこの日の会場で月1回行っている声のワークショップの参加メンバーによるユニット「パクルチャ」がパフォーマンスを行った。この日の出演者は女性4名に男性3名、演劇的な所作を含む場面が多く、歌よりも声の表現に重点を置いていた。声と身振りは強い感情を伴う日常的な情景に直結し、具体的な言葉の断片を使うことも禁じ手にはしていない。ライヴ前のワークショップには、彼らを含む巻上ワークショップの参加者多数に、天鼓が主宰していた声のワークショップのOBも加わって一般参加らしからぬ雰囲気になっていたが、ニュートンは「声が好きな人が多いようだが歌も聴きたい」「スペースを取って周りの音もよく聴いてほしい」とコメントすることが多く、これらの指摘はこのパフォーマンスにも当てはまる。「自由な声の表現」には、「抽象演劇」以外にも多くの可能性が含まれているはずだ。

 前半は、ニュートンとライムグルーバーのデュオ。この5セットには、彼らのシステマティックで几帳面な側面が表れた。最初は声のラインをS.Sax.の息音でなぞり、次はT.Sax.のキー音と倍音のコンビネーションを声がなぞる。T.Sax.のマウスピースを外した息音中心のプレイを再び声が先導し、最初の組み合わせに戻ったら今度はS.Sax.がイニシアティヴを取り、最後はより自由なプレイで幕。発声とハミング、オフマイクとオンマイク、歌と声といった諸要素を対立項と捉えず、連続可変パラメータとして自在に組み合わせるニュートンのスタイルにはオリジナリティを感じたが、ライムグルーバーの特徴はまだ見えない。強いて言えば、彼の本領はT.Sax.にあり、S.Sax.はキーが同じだから吹いているにすぎない、という印象を受けた。

 後半は、巻上という紊乱者が加わったことで、ルーティンを淡々とこなしていくようなスタンスの演奏は変わるべくして変わった。即興アンサンブルの中での巻上は、数年前までは声の技巧を次々と繰り出して目立とうとするという印象が強かったが、この日は共演者と観客をともに視界に入れて音楽の流れをコントロールしていた。公演タイトルそのままに、声を出しながら口の前で手を振って音色を微妙に変えたり、抑えたトーンの呟きや囁きを速射砲のように打ち出したりと、繊細な唱法をランダムに替えていく。未知の音響を前にした時、ニュートンは模倣から入ることに抵抗がないため反応が速いが、あくまで自分の語法の中で対応しようとするライムグルーバーは出遅れてバックに回る傾向があり、巻上が口琴を取り出したセットでは、S.Sax.を構え続けたものの一音も出せずじまいだった。

 図らずも巻上とのデュオになったニュートンは、次のセットは舞台奥に腰を下ろして休み、ライムグルーバーと巻上のデュオが実現した。バランス感覚が要求されるトリオではなくなって遠慮なく攻め込み始めた巻上にライムグルーバーも一歩も引かず、顔を真っ赤にして循環呼吸をキープしながらS.Sax.の高速タンギングで返す。巻上はさらに、中国武術の身体運動を利用して瞬時にフレーズを切断したり声色を変えたりするが、ライムグルーバーは変化球には目もくれず突っ走り、再び巻上が合流してくるのを待つ。このセットの後、ライムグルーバーは明らかに変わった。最後のトリオで見せたT.Sax.分解パフォーマンスは、巻上のユーモラスな発声や動き以上に聴衆を惹きつけ、笑いを誘った。マウスピースのみならずネックまで外し、そのパーツでボディを叩いたり、ネックの外れた状態でマウスピースを咥えて吹き、通常の演奏動作と異音の齟齬を強調したり。三者が対等な(むしろ、ふたりが乗ってくると巻上のプレイは引き気味になった)アンサンブルがようやく実現し、固い握手と盛大な拍手で公演は締めくくられた。

 ライムグルーバーは、フリッツ・ハウザージョエル・レアンドルらヨーロッパの同世代の即興音楽家たちの間では最も音響的即興に適応したが、その適応は専ら表現を抑制する方向で行われた。巻上に焚き付けられてようやく、濁ったブロウや通常の奏法から極小音量の特殊奏法まで同一の地平で、ジャズ等のイディオムに依らず使いこなせる彼の特徴が見えてきた。その後のツアーが活気あるものになったとしたら、それはこの日の巻上のおかげと言えそうだ。なお、即興音楽の一般論としては、巻上がふたりに一方的にコメントするだけで、ふたりの演奏が巻上にフィードバックされなかった点は物足りない。だが、現在の巻上はもはや「即興音楽家」という肩書にアイデンティティを見出してはいないのだとしたら、このライヴをオーガナイズし、有益なヒントを提供して自らは一歩引いたスタンスは筋が通っている。

(2004年10月2日 沼部・いずるば

(c) 2004 Yoshihiko NONOMURA
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