大友良英New Jazz Orchestra: Europe-Japan TOUR 2005 最終公演

野々村 禎彦

 1999年の夏に始まった大友良英New Jazzプロジェクトは、大友菊地成孔津上研太水谷浩章芳垣安洋のクインテット編成による2002年3月のライヴ録音(DIW, 942)でひとつのピークに達した。ショーターオーネットドルフィーアイラーの曲やスタイルを踏襲し、Sachiko Mの正弦波発振音に頼らずに「あり得たはずのフリージャズ」を今日に接続するという当初の目標は達成された。次の方向性は、Sachiko M高良久美子をメンバーに加えて「New Jazz Ensemble」と改称し、レパートリーを拡張することだった。《Tails Out》(DIW, 946)には、レノン&マッカートニー<Strawberry Fields Forever>まで含まれている(ただしこのアルバムはONJQ名義で、ふたりはゲスト扱い)。だが、この方向性の曖昧さは、菊地が多忙のため脱退し、新メンバーにアルフレート・ハルトを迎えたことで顕在化した。大友がI.S.O., Filament, Cathode, Anode等の活動を経てこのプロジェクトを始めた経緯と屈託を知る菊地に代わり、大友の近年の活動はもちろん、ここ10余年の即興音楽界の動向からも隔離されていた異物との共演に生半可な妥協は有り得ない。2004年夏のヨーロッパツアーでグループ崩壊寸前の状況を幾度も乗り越えた末に、同年秋に新宿PIT INNで聴けたのは、レパートリーを再び絞り込み、メンバーの個性を前面に押し出した演奏だった。

 だが、この小康状態に満足する大友ではなく、一連のメンバーチェンジが指し示す方向性(Sachiko Mと高良はジャズの「外部」にある語法を持ち込み、ハルトは歌心と混沌を持ち込んだ)を、大編成化を通じてさらに拡大しようとした。これが2005年1月の新宿PIT INNでのフェスティヴァルに始まる、「New Jazz Orchestra」の基本コンセプトである。以下、1月のライヴ、その直後に録音されたアルバム(doubtmusic, dmf-102)、この日の演奏を比較しながら眺めていくが、まずは6月25日のセットリストから。この日のメンバーは、カヒミカリィを含むレギュラー8名に、青木タイセイ大蔵雅彦石川高宇波拓が加わった12名。

F1: Song for Che (C. Haden) - Reducing Agent (大友)
F2: Out to Lunch (E. Dolphy)
F3: Something Sweet, Something Tender (E. Dolphy)
F4: Trapeziste (高井康生:カヒミ《Trapeziste》より)
F5: Lost in the Rain (大友/カヒミ)

S1: Orange was the color of her dress, then blue silk (C. Mingus) - Tails Out (Otomo)
S2: Hat & Beard (E. Dolphy)
S3: 真夜中の静かな黒い川の上に浮かび上がる白い百合の花 (大友/カヒミ)
S4: 柔らかい月 (高井:カヒミ《Montage》より)
S5: Eureka (J. O'Rourke)

E1: Gazzelloni (E. Dolphy)
E2: Kinski (高井:カヒミ《Trapeziste》より)

 第1セット1曲目は、New Jazz Ensembleへの移行期にレパートリーに加わり、そのままオープニングピースとして定着した。<Song for Che>はハルトの強烈なブロウで始まり(彼の思い入れの深さは、2004年秋のライヴでのチェ・ゲバラのコスプレからも明らかだ)、メロディ主体の分厚いアンサンブルを聴かせる曲、<Reducing Agent>は疾走するリズム隊を前景に、空間に散らばった音の断片を聴かせる曲。このユニットのジャズバンドとしての特性が集約されている。1月22&23日の<Song for Che>では、ハルトのソロ→ONJQの5人→ONJEの7人(このライヴの時点では、カヒミはゲストという扱い)→全メンバーの順に編成を順次拡大し、ユニットの歴史を音楽に投影させていたが、この日はソロ直後から全員での演奏に移行。かつてはアンサンブルに棘のように突き刺さっていたハルトのソロが、この日はアンサンブルに自然に溶け込んでいく。ハルトが柔和になったわけではなく、アンサンブルの包容力が増した結果である。また、<Reducing Agent>の中間部では、芳垣とSachiko Mのデュオ(時折高良が加わってトリオになる)が繰り広げられた。芳垣がトップスピードで叩き出す複雑なリズムに、Sachiko Mは正弦波発振器を両手で操作して対等に渡り合う。彼女は1月の時点では効果音のような存在だったが、この日はソリストのひとりとして演奏した。

 続く2曲、後半2曲目、アンコール1曲目はいずれもドルフィー《Out to Lunch》より。PIT INNでのフェスティヴァル初日の1月19日には、このアルバムの5曲を曲順通りにカヴァーし、アルバム録音も行った。この日の4曲の演奏は、PIT INNでのヴァージョンの短縮版。この日はPIT INNのように5曲で2時間という演奏にはできないので、アドリブを展開させず、アレンジの骨格のみを提示した。<Out to Lunch>のオリジナルは、テーマとその再現の間にソロ回しが行われるという点では型通りだが、ソロごとにリズムパターンが変わり、リズムセクション内のソロやインタープレイで異次元のテクスチュアが現れたりと、むしろブロック構造の指揮者付き即興を思わせる。そこで大友は、テーマとリズムセクションのパターンをオリジナルから借り、そこにフリーブロウとロングトーンを加えた4パターンをキューで切り替える、指揮者付き即興として再構成した。執拗に引っ張っているうちに、パターン連結がパターン化してきた1月の演奏よりも、物足りないくらいで切り上げたこの日の方が味わい深い。理想を言えば1日のライヴで数回、全く違う構成で演奏するとより効果的なのではないだろうか。

 <Something Sweet, Something Tender>は、宇波(スピーカーユニットに乗せた金属板の振動、携帯扇風機の軸に付けた紐で机を叩く音などをラップトップで制御する:この日は2005年4月に共演したザヴィエ・シャルルにならって、米や乾麺などの食物素材をスピーカーユニットに乗せるオブジェとして多用した)とSachiko M(前半1曲目同様に正弦波発振器、ただし今度は立ち上がりノイズによるリズムではなく高周波の鋭い差し込み)のデュオに、ハルトがA.Sax.の息音で寄り添う「音響セッション」から始まる。ハルトは1月21日のPIT INNでのステージで杉本拓吉田アミとの共演を希望し、劇場的でコンセプチュアルな状況を作ったが(これは、音響的即興の理解としては全く誤っているが)、この日はアンサンブルに静かに同化した。大友もプリペアドギターのボディを時折叩き、ガムラン風の音を漂わせていたが、これはアンサンブルに積極的に参加するというよりも、舞台上で起こっていることを残らず目撃しておきたかったのだろう。やがてハルトがB.Cl.を静かに吹き始めたのを合図に他メンバーが入場し、1月のアレンジの冒頭に繋がる。オリジナルのテーマが管楽器のユニゾンで静かに奏されるが、1月19日の演奏には参加していなかった石川がテーマと無関係な持続音を吹き続け、より複雑な関係性が導入された。高揚せず、テーマが音響の海に溶けてゆくエンディングも1月の通り。

 後半とアンコールのドルフィー2曲にも触れておきたい。<Hat & Beard>は《ONJQ Live》にも収録されているが、ONJO版はONJQやONJEで演奏する際の一体感あるアレンジではなく、メンバー全員を見せるキャンバスという位置付け。1月はオリジナルにならってソロ回しが行われたが、高良のクラシック出身者ならではの4本マレットを生かした高速ソロを特筆したい。この日の演奏では、1月は専ら「異物」として機能していた宇波のサウンドが、アンサンブルにしっくりと馴染んでいたのが印象的だった。ジャズとは異質な語法を、「音響セッション」として別枠で提示するのでも、異物として利用するのでもない共存のあり方は、このプロジェクトがまたひとつ階段を登ったことを意味している。

 <Gazzelloni>は、オリジナル発表当時に名声のピークにあった現代フルート奏者の名前をタイトルに、ドルフィーがフルートを吹きまくる曲だが、曲名の由来を知らなかったことが幸いし、ロックビートで疾走するアレンジが生まれた。1月の主役はアクセル・ドナー(Tp.)。フレーズと息音を連続的に行き来するテクニックを駆使して何度もソロを取る。しばしば倍テンポに転じ、最速で4倍テンポまで行ったが、それでもグルーヴ感あふれるビートを叩き出す芳垣は流石だ。テンポは速いが展開も多岐に亙り、やはりオリジナルよりも長い。これに対してこの日は、いきなり全員がトップスピードで飛び出してそのまま2分でゴールイン。音色もニュアンスも関係ないパンキッシュな音楽は、RECK、中村達也、大友のトリオでコントーションズ来日公演の前座をやることになりました、という直前のMCの忠実な実践だった。

 前半4曲目でカヒミ登場。後半4曲目、アンコールと合わせた3曲は、彼女の最近2枚のアルバム収録曲。一部の曲は2004年に大友との共演が始まった当初から演奏していたが、ONJE/ONJOのレパートリーに加わったのは2005年5月後半、彼女を加えた8人編成でのヨーロッパツアーからである。これらのアルバムは、90年代には「渋谷系の女王」として一世を風靡した彼女が、レーベル移籍に際してアヴァンポップ路線にイメージチェンジを図って生まれた。どちらのアルバムもDCPRG時代の大友のギターの相方だった高井康生が共同プロデュースしており、この日の3曲はいずれも高井の曲。しかもオリジナルではどの曲もリズムセクションは水谷と芳垣が務め、さらに<Trapeziste>には菊地、<柔らかい月>には大友と津上が参加している。それだけにこの日の演奏は、オリジナルに引きずられすぎたのではないか。<Trapeziste>はONJE/ONJOではこの日が初演だったせいか、声がアンサンブルにマスクされる箇所が散見されるなどバランスに難があり、逆に<柔らかい月>のアンサンブルは必要以上におとなしい。<Kinski>は、「ツアー最終公演」の最後の曲ということもあり、カヒミの歌唱も含めて胸に迫るものがあった。

 カヒミ参加曲では、New Jazzプロジェクトのオリジナル曲として大友と彼女が共作し、1月のフェスティヴァルで初演された2曲の方が聴き応えがあった。<Lost in the Rain>は、《Cathode》(Tzadik, TZ 7051)に収録された<Modulation #1>の延長線上にある石川とSachiko Mのデュオに高良がヴィブラフォンの弓弾きで絡む展開から始まる。一段落すると大友のプリペアドギターが加わり、大きなキンの縁を撥で擦りながら入場した芳垣を先頭に、他メンバーも戻ってくる。音響的なアンサンブルに管楽器のロングトーンが加わり、カヒミのシャンソン風歌唱(彼女による仏語詞)が被さってくると、ジャズ的な和声(水谷のホーンアレンジによる)に徐々に移行してゆく。カヒミの儚い歌声がおのずと精妙な音色のコントロールを生み出す、というコンセプトは初演から一貫している。この曲のエンディングでは津上の息音に芳垣のブラシが重なり、ゆっくりとフェードアウトしてゆくが、アルバムでは十数秒にすぎないプロセスがこの日は数分に及んだ。楽音が遠ざかるにつれて会場の微かなノイズが立ち上がってくる、かつてのOff Siteのような親密な場以外では実現が難しいはずの状況が、立見も含めて400人近い聴衆を集めた会場で起こった。

 ただし、1月22日の初演で起こった、カヒミの歌声が入った瞬間に場内に緊張が走り、フリージャズ寄りのラフなアンサンブルが見る見るうちに研ぎ澄まされてゆく、もうひとつのプロセスはこの日は起こらなかった。スタジオ録音はもちろん、1月23日の再演では既に起こらなかったのだから、初演のマジックにすぎなかったのかもしれないが、それをなんとか再現するのが「作曲」の意義ではないだろうか。<真夜中の静かな……>は、4種類のパターン(一音のトゥッティ、音響セッション、ドラムソロ、ブルース)を大友のハンドキューで渡り歩く(同時に2種類演奏することもある)アンサンブルに、時折カヒミの朗読が浮かぶ。<Out to Lunch>のONJO版を、さらに素材の幅を広げて再構成したような音楽。彼女が語るたびに異世界への扉が開いてゆく初演の緊張感はなく、彼女の語りはもはや音響ブロックの緩衝材の機能しか果たしていない。指揮者付き即興では、「慣れ」は音楽を弛緩させる方向に働いてしまうようだ。

 残るは、後半の最初と最後の2曲。<Orange was....>-<Tails Out>は、<Song for Che>-<Reducing Agent>と並ぶONJEの定番レパートリー。このバンドの歌心を象徴するのが後者ならば、こちらは音色志向を象徴する。まず、大友、Sachiko M、大蔵、芳垣、高良、石川、宇波のアンサンブルで始まる。この日は「音響セッション」を序奏に持ってきたアレンジがいくつもあったが、そこに大蔵が加わったのはこの曲のみ。大蔵は、ソロアルバム《Time Service》(IMJ-518)やOff Siteなどの小ぶりの会場でたびたび聴かせていた、チューブに吹き込んだ息音(楽器の構造で増幅されない、素の息音)や、そこにB.Cl.の朝顔を取り付けて銀紙などのオブジェを鳴らすプレイを行った。彼はPIT INNでのフェスティヴァルでは、1月20日にドナー、Sachiko M、大友とのセッションに参加したが、この時はこれらのプレイは全くPAに乗らなかった。一口に息音と言っても、楽器に共鳴させているドナーのものと大蔵のものは別物なのだ、とこの時は思った。だが今回は、大蔵の音も宇波の音と同じく、よくPAに乗っていた。今回の公演には近藤祥昭をはじめとするGOK SOUNDのスタッフが全面的に協力したのが大きかったのだろう。<Tails Out>はライヴではソロ回しに使われることが多く、1月22&23日にはゲストのグスタフソン、ドナー、コル・フラーが各自の最も繊細な面を見せた。この日は旋律楽器奏者が一通り、ハルト、青木、高良、大蔵、津上、大友の順にソロを取った。やはり繊細な演奏が多い中、大友の無骨なフィードバックギターソロが目立っていたが、大友のソロは現在のこのバンドの方向性からは浮いている。

 プログラムを締めくくるのは、例によって<ユリイカ>。ジム・オルーク同名アルバムのタイトル曲であり、レパートリーに入ったのはONJQのセカンドアルバム(ONJE名義)に向けて、Phewがゲスト参加した公演から。この時以来、ライヴではこの曲が不動のトリを務める。オリジナルでは冒頭の1コーラスは帯域の狭いモノラル録音で、それ以降は普通に歌っており、大友のアレンジもこれを踏襲してきた。PhewがメインヴォーカルのONJQのセカンドアルバムでは冒頭を戸川純が歌い、ヴォーカルが入らない編成では冒頭は芳垣がトランペットを吹いた。カヒミと大友の共演では、New Jazzプロジェクト以前からこの曲を取り上げており、冒頭をカヒミが語るように歌い(彼女オリジナルの仏語詞)、その後はアコースティックに盛り上がってゆく。ひとりが(時には複数のメンバーがユニゾンで)アイラー風にメロディを歌い上げ、他メンバーはコード進行に沿ったアドリブとフリーな叫びを往復しながら徐々にカオティックに高揚し、大友がギターのフィードバックで乱入したカオスの頂点で終わる、という構成は1月のライヴまで守られてきた。だがこの日は、ユニゾンやトレモロよりも対旋律(青木がアンサンブルを引っ張った)、クラスターではなくハーモニーのゆらぎ(石川の存在が大きかった)という方向性が終始保たれ、宇波や大蔵の音まではっきり聴き取れる。以前のカヒミ用アレンジでは目立たなかった芳垣のトランペットも活躍した。アイラーのフィルターを外し、オリジナルとONJOが直接対峙した素晴らしいアレンジが生まれた。

 冗長な書き方になってしまったが、この日に限らず大友のNew Jazzプロジェクトにおいては、その場で鳴っている音は音楽の一部にすぎない。個々の楽曲や音楽様式と関連した、聴き手のさまざまな音楽的記憶と混ざりあったものが音楽の総体である。しかもこの日の演奏では、個々の音楽要素はカオスの一部に溶け込むのではなく、独立して存在を主張する。《ONJQ Live》の時期の演奏はオリジナルとは無関係に聴けたが、この日の演奏はオリジナルはもちろん、CathodeやAnodeのような大友の過去のユニット活動やこのプロジェクトの歴史を知ってこそ楽しめる音楽だったのではないか。端的に言えば、<ユリイカ>の一見地味なアレンジが素晴らしいと感じられるのは、これまでの爆裂型アレンジを散々聴いて、もうマンネリだと感じていた者だけなのではないか。

 これは、この日のライヴに留まらない難しい問題だ。この日は、筆者がシュトックハウゼン来日公演に唯一足を運ばなかった日でもあるわけだが、そこでの中心的な演目だった<Licht-Bilder>も、同じ問題を抱えていたように思われる。この公演は石塚氏による詳細なレビューが予定されており、本稿ではあえて詳しくは振り返らないが、《光》シリーズの最終作にあたり、1週間をさまざまな形で振り返る《光の日曜日》の中でも、言葉による回想が中心のこの幕は、固有の諸事項をまず学ばなければ聴取の糸口すら掴めない。奏者たちは音符のみならず動きも詳細に記譜された40分余りを完璧に暗譜し(そうしなければ楽器の持ち替えすらままならない)、作曲者自身によるサウンド・プロジェクションも、舞台中を動き回る4奏者の体の位置に音像を定位させ続ける、地味だが大変な作業だ。音楽に関わる者全員がかくも献身的な努力を行っている以上、聴き手も十分な予習をして公演に臨むのが当然だと支持者たちは語る。だが、同じ公演で多チャンネル再生された《少年の歌》や《テレムジーク》のあり方は、それとは全く異なっていた。「現代音楽的な音響」への全般的な慣れさえあれば、率直な耳が作品の本質に降りてゆくことを妨げるものはない。1950〜60年代の技術的制約の中で音響素材を極限まで使い込んだ才能は、その後の音響素材の拡大に接して、秘教的な(固有の諸事項を知らない者には神秘主義と誤解されてしまうような)隘路に落ち込んでしまったのだろうか。

 しかし、シュトックハウゼンはその段階には留まらなかった。《光の日曜日》は作曲順ではシリーズ最終作だが、作品の構成はシリーズ開始当初のプランに強く制約されており、「シュトックハウゼンの到達点」とは言えない。それにふさわしいのはむしろ前作《光の水曜日》ではないか。ディスクで聴く限り、先に挙げたような問題点は感じられない。構成面では当初のプランとはかけ離れた自在な発想で、緻密な論理性とケレン味が同居した往年の凄みが、今日の音響素材を用いて実現されている。本稿の本来の対象からこれ以上離れることは止めておくが、聴き手に膨大な予備知識を要求するような「集大成」は決して到達点ではなく、真の総合はその先にある。New Jazzプロジェクトの到達点として語られることが多いONJOも、現状が最終段階ではないはずだ。この点は、大友自身も意識しているようで、ONJOのアルバムでは<ユリイカ>は過去のものとして冒頭に置かれ、カヒミとの共作2曲を経て、浜田真理子との共作<a-shi-ta>で締めくくられる。奏者が互いの音を聴かずに録音したアンサンブル(Filament BOXでも用いられた手法だが、起源はケージチュードアらの試みに遡る)と、同様に収録された浜田の母音唱法が絡み、最後は「明日」という言葉に向かう。かすれ声のヴォーカリストを起用して音色中心のアンサンブルを生み出すという路線を超えて、現時点ではライヴでは作れないような脱中心的なアンサンブルで朗々と通る声の持ち主と共演することが、ONJOの「明日」……なのだろうか?

 少なくとも大友は、ONJOに留まらず、現在が自身の活動の転換点だと自覚している。彼は、「ユリイカ」誌2005年3月号の菊地成孔、大谷能生との対談で「音響派」時代の活動を、「起承転結がない音楽なんてやろうと思ってもできない……この数年は、自分の音楽であれができないかと四苦八苦した。けれどもできなかったね。逆に自分にできるものがだんだん見えてきた感じだった」と振り返っている。Ground-Zero時代には積極的に行い、「音響派」の時代には封印していたフェスティヴァル企画などのプロデュース活動も再び始めた。本サイトで取り上げた《Grid》も、この流れの中にある。大友によると、この転換の根底にあるのは、911以降の世界で顕著になりつつある、「理解できるもの」の中で閉じたコミュニケーションへの違和感だという。ハルトのONJE加入は、単なるメンバー交替以上の意味を持っていた。「理解できるもの」同士ならではの緊密さや親密さから、異物を絶えず取り込みながら緩やかに拡大してゆく共同体へ。この歩みが、予備知識を前提にした音楽に収束するはずはない。

(2005年6月25日 江東区森下文化センター

(c) 2005 Yoshihiko NONOMURA

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