トリスタン・ホンジンガー日本ツアーより

野々村 禎彦

 Tristan Honsinger (Vc.) の音楽はとらえどころがない。1949年に米国に生まれた彼は、東海岸でクラシック音楽を学んだが馴染めず、カナダで即興演奏を始め、《The Topography of the Lungs》に衝撃を受けてヨーロッパに渡った。ICPの中心メンバーのひとりとして初期カンパニーにも参加した彼は、ヨーロッパ自由即興音楽第1世代の年少組に属するが、ジョン・ラッセル(G.)のようにその美学に無条件に従っているわけでも、スティーヴ・ベレスフォード(Pf.)のようにその美学の紊乱者に徹することで即興コミュニティに居場所を得ているわけでもない。ICPオーケストラにせよセシル・テイラー・ユニットにせよ、いかなる場にも同化せずに微妙な違和感を醸し出すことが、彼の存在意義であるようにすら見える。彼が主導する企画ではしばしば演劇的要素やダンスが取り込まれるが、ディスクで聴く限り、NYダウンタウンシーンの音楽が端正な構築物に思えてしまうくらいカオティックな音楽である。ディスクでわからないものは実際に見てみようと、日本ツアーの東京圏での初日に足を運んだ。2005年8月25日から9月18日にかけての11公演は、文弥人形堀川久子のダンスに音楽を付けるために彼が日本に招聘された機会に、各地のオーガナイザーが呼応して組まれた。

 この日の公演は大きく2部に分かれ、前半はホンジンガーと堀川に、近藤秀秋(Ac.G.)、谷川卓生(El.G.,laptop)、河崎純(Cb.)のEXIAS-Jレギュラーメンバーと、多ジャンルの表現が行き交う現場に慣れている千野秀一(Pf.)と狩俣道夫(Fl.,S.Sax.)によるセッション。後半はホンジンガーを囲む小編成の3セット(TH・狩俣・近藤トリオ、TH・近藤・谷川・河崎カルテット+堀川、TH・千野デュオ+堀川)。堀川は2002年のアンジェリカ・フェスティヴァルにおけるホンジンガーの即興オペラに出演し、今回の日本ツアーでも大半の公演で踊る。近藤はこの日と翌日の公演を企画した。彼のウェブ日記では両公演が詳細にレポートされている。この特別なふたりが2セットに出演し、日本側最年長の千野がトリを務める納得の構成。本稿ではまず、前半の様子を音楽家ごとに眺める。

 最初は堀川のダンスについて。師・田中泯譲りの、直接的な身体運動以外のイメージに頼らない(しかし、身体運動に慣習的に結びついたイメージは否定しない)ダンス。よくコントロールされた物狂いという総体的な印象は田中と共通するが、彼女は身体の小ささを個性に昇華した。楽器と楽器の僅かな隙間を、膝を抱えてしゃがんだ姿勢で器用に這い回り、小さく跳んで受け身を取り、体を床に叩きつける。体が床に当たる鈍い音と素足で床を踏みしめる鋭い打撃音が織り成すリズムは音楽の展開にぴったりと寄り添っており、彼女はこの即興に「音楽家」としても参加している。さらに、呟きから叫びまで駆使する声の表現も加わり、半ば頃までは彼女が音楽の影の主役だった。白目を剥いて痙攣するエクストリームな視覚表現と、その状況下でリズムを制御する冷静な聴覚表現。身体表現としては、腰を屈めて椅子を背負い、呻きながら摺り足でステージをゆっくり横切る場面はさらに衝撃的だった。それ以降はあまり目立たなくなったのは、音楽を喰いすぎないように抑えたのかもしれない。彼女の存在に各音楽家がいかに対処するかが、前半の大きな見所だった。

 音楽の内実を満たしたのが堀川だとしたら、外枠を作ったのは千野だった。アンサンブルの立ち上がりが鈍いと見ると早弾きで音楽を引っ張り、盛り上がってくると手を止め、ピアノから離れて展開に任せる。音楽が飽和してくると、鍵盤の蓋を叩きつけ続ける破壊的なプレイで澱んだ流れを断ち切る。堀川が目立つ陰で、千野は音楽の方向性を仕切っていた。堀川が抑え気味になってからは、自然な流れの中に次の展開の契機を挟み込む。軽快な早弾きの底に不穏な響きを漂わせ、重々しい和音連打の合間に祝祭的な展開を予告する旋律断片を散らす。千野の示唆をホンジンガーがいち早く汲み取り、それがアンサンブル全体に波及したらすかさず次の種を蒔く。河崎も、集団即興の中での自らの位置を的確に把握している。ホンジンガーに遠慮して道を空ける音楽家が少なくない中、彼は真っ向からぶつかり、あるいはどぎつく重ね塗りする。ホンジンガーのプレイは一見目立つが、アンサンブルの中心で自己主張を通すことが目的ではない。むしろ、強いリアクションを誘って音楽の展開に道を付けたら、早く次の別な場所に行きたいのが彼なのだ。河崎のオーバーアクションはホンジンガーの無駄のない動きとはおよそ対照的だが、その音楽の本質はしっかり掴んでいる。また、堀川に対しては千野も河崎も、「これはこういうもの」と受け入れた上で我が道を行った。視覚と聴覚の関係性は観客の解釈に委ねる、というスタンスは有効かつ現実的である。

 狩俣はホンジンガーにも堀川にもアンサンブルの流れにもストレートに反応した。ホンジンガーが繰り出す旋律には即興的旋律で応え、堀川やホンジンガーの声による表現には声で応え、アンサンブルが盛り上がってくるとデフォルトのFl.をS.Sax.に持ち替えて激しくブロウする。彼がしばしば共演してきた灰野敬二をはじめとする、求心的な方向性の音楽家に対してはこのような反応は適切だが、この日の前半のような拡散的な音楽では、ある瞬間の流れは仮初めのものにすぎない。音楽を豊かにするのは、アンサンブルの隙間に音を差し込んでいくようなスタンスではないだろうか。谷川はアンサンブルが静まったタイミングでラップトップの発振音を被せる。ホンジンガーと狩俣の旋律の掛け合いを異化した場面は特に興味深かった。だが、メインのエレキギター弓弾きは常に目立たない。「<即興>でしかない音楽には既に興味を失っている」という近藤はクラシックギター風のアルペジオから入り、構築的な展開にアンサンブルを引き込もうとしたが、声の掛け合いの果てにホンジンガーが立ち上がり、楽器を引きずって踊りながらフィドル風の弾き語りを始め、足元では堀川が転がって唸り声を上げている、という状況下では手が止まる場面が多かった。ただしこれは、「同時に音を出せるのは4人まで」というルールをホンジンガーが設定していたためだという(注1)。我も我もと音を出す行為を抑制するためのルールは、ホンジンガーの普段の活動では有効なのだろうが、抑制の効いたこの日のアンサンブルにはなくもがな。この制限は、まず全体の状況を聴き、そこに自らの音を落とし込もうとする音楽家の存在感を霞ませる結果になった。

 ここまでのホンジンガーは、「空虚な中心」そのものだった。アンサンブルが一段落すると朗々と楽器を歌わせて音楽の中心に座り、掛け合いの中で声や踊りも交えて盛り上げていくが、音楽がピークに達する時には既に中心にはいない。9月4日の前半は、物語に沿った即興を確定された小曲で分節する構造だったとのことだが、このような構造を作る代わりに自らが音楽を先導したのがこの日の演奏だったのだろう。9月4日の目的が作曲作品を聴かせることでも物語を音楽で彩ることでもなかったように、この日前半の彼の存在が内実を伴っていなかったのも予定通りなのだろう。

 後半の最初2セットは、前半を部分的に拡大して組み合わせたような音楽。最初のセットではホンジンガーと狩俣がともに歩み、近藤はひとり別の道を行く。立ち上がって歌い踊るホンジンガー、ぴったり息を合わせる狩俣、テクニカルなフレーズで突っ走る近藤。2セット目は、堀川の素早い動きにまず目を奪われる。ステージの隙間をぬって壁から壁へと走り回り、椅子を手押し車のように使う場面も。堀川の声とリズムにホンジンガーが応えて音楽の骨格が作られる。谷川はエレキギターのリアルタイム音響操作を適切なタイミングで行い、音楽の幅を広げた。河崎はホンジンガーと付かず離れずの距離を保ち、この日で最も自由即興音楽的な瞬間を引き出した。反応も素早く、ダンスモードに入るとすかさずコントラバスを床に寝かせて叩き、用意した撥も取り出す。近藤もこの場面ではフラメンコ風にボディを叩きながら弾き、引き出しの広さを見せた。

 即興と作曲の境界領域に音楽の核心を見ている点では、ホンジンガーと近藤の問題意識は共通しているが、ホンジンガーが大域構造を即興に任せ、瞬間は既成語法のパッチワークでも構わないというスタンスなのに対し、近藤は大域構造こそが「作曲」すべきものであり、瞬間を息づかせるのが即興の役割だ、という対照的なスタンスを取っている。9月4日にホンジンガーが「作曲」したのは音楽自体ではなく外枠であり、大編成アンサンブルが型にはまった大域構造に向かうのを避けるための仕掛けとみなすべきだろう。これは、大域構造の設計が音楽構造の核心であるクラシックやジャズへの反発という、世代的な動機付けによるものだと思われる。他方近藤の世代になると、即興は既に確立された語法として存在し、作曲すべきは即興では制御が難しい大域構造ということになる。音楽思考としては両者は対等だが、マルチメディア表現に向き合うと、両者はもはや対等ではない。音楽のように抽象的な大域構造を時間軸上で設定できる表現手段は極めて稀であり、ダンスも例外には属さない(注2)。

 最後のセットがこの日の白眉。千野との親密な対話から、ついにホンジンガーの核心が明らかになった。自由即興、カットアップ、ダンス、歌…… すべてはカオスを生み出すための表層ではなく、彼の音楽の本質だった。「なんでもやりたい」のが彼なのだ。このような志向を持つ音楽家は、性格の異なるさまざまなプロジェクトを並行して進めて内的要求を満たすことが多いが、彼は全部一度にやらないと気が済まない。彼の音楽性を見抜いている少数の音楽家との共演以外では、この本質は見えてこない。ましてや初顔合わせの大編成セッションとなれば、「空虚な中心」という印象を与えるのも無理はない。「なんでも一度にやろうとする」結果、弾いている端からズレていく音楽に合わせられるのは千野ならでは。各々好き勝手に弾いているように見えて、素材の変わり目がぴったり一致するのは驚異的だ。千野は左右の手で全く違う種類の音楽を、左右独立に瞬時に切り換えながらトップスピードで弾くことができるが、この情報処理を耳と手の間で行ったのがこの日の演奏だったように思われる。ふたりの張り詰めた表現を堀川は破ろうとはせず、わずかな動きの中で筋肉に力を込める。これは遠慮でも疲れでもなく、このような身体表現こそ彼女が求めていたものだろう。静止した身体の内側の微妙な差異に観客の注意が向くような状況は、それにふさわしい精妙な音楽がなければ生まれない。

(注1) 近藤氏のご指摘による。以前の版では、この点を誤認したまま推論を行っていた。また、以前の版は、特定の公演に関する記述が音楽家への全般的な価値判断として受け取られがちな現実への配慮が不十分だったことをお詫び致します。音楽家への誤解を与える記述が含まれている以前の版は、アーカイヴには残していません。

(注2) 以前の版では、推論の背景を示さなかったことが誤解を与える記述につながったことを踏まえ、今回の改訂でこの段落を加えた。

(2005年9月3日 渋谷・公園通りクラシックス

(c) 2005 Yoshihiko NONOMURA
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