杉本拓作曲シリーズ第4回:《World Cup》 |
野々村 禎彦 |
第2回以来本サイトでも取り上げてきた杉本拓作曲シリーズも4回目。これまでは、何らかの形で杉本自身が演奏に関わってきたが、今回は初めて作曲のみ(ただし録音は彼自身が担当)、しかもアルトサックストリオ(大蔵雅彦、徳永将豪、大谷能生)という自らの楽器であるギターを使わない編成。《World Cup》という連作タイトルは、「ワールドカップ開催期間中に作曲したから」というような、音楽内容とは無関係な識別記号としてのタイトルなのだろう。近藤譲を思わせるスタンスである。
前半は《World Cup II》。大蔵、徳永、大谷が左からこの順に並び、ひとつの音を吹き続ける。3人のユニゾンと3通りのデュオが同程度の時間、時々ソロ、ごく稀に沈黙。楽器の音程も吹き方も3人で微妙に違うため、トリオとデュオで音色が変わり、各デュオにも差異がある。管楽器のユニゾンによる音の揺れやうなりは、音響的即興でしばしば探求されてきたが、それらの間の音色変化というメタレベルの差異を、シンプルな仕掛けで構成した発想がまず興味深い。また、トリオからソロまでは連続的に変化するが、沈黙はソロの音が止まったものではなく、トリオまたはデュオが息を揃えて発音を絶ち切る、明確な時間の分節として現れる。沈黙が音楽の主役だったかつての杉本の作曲作品では、本作の楽音と沈黙の役割が入れ替わっていた。当時の杉本が、マルファッティの同時期の作曲作品のような、沈黙との境界から立ち上がってくるような楽音を用いなかったのは、本作の裏返しの志向だったのだろう。だが、沈黙には内部構造は存在しない。沈黙に形而上的な意味を纏わせる意図がなければ、持続音を適切に構成した方が、より豊かな音楽が得られる。
このプロセスが40分余り続いた後、ユニゾンの構成人数を変えながら持続音を続けるという大枠はそのままに、音程が下がり始める。それも微分音程や半音階ではなく、あからさまな全音階で。「何だこれは?」 という空気が漂い始めた頃にはオクターブ降下を終え、再び同じ音名を全員で吹いて終わった。ドレミファは破壊力抜群、と書きたくなるが、その前の40分があればこその効果だ。また、ここでまとまった調性音楽に移行してしまうと、それ以前は「退屈な序奏」と化してしまうが、単なる下降スケールなので精妙な揺れやうなりの記憶がかき消されることもない。
休憩を挟んだ後半は《World Cup I》。3奏者の並びは前半と変わらないが、今度はステージ上で入念な音合わせを行ってから演奏開始。入りは前半同様、同一音高のユニゾンだが、数分後には音程の上昇が始まる。間欠的に半音上がっては同一音高をしばらくキープするパターンを、各奏者が独立なタイミングとテンポで奏する。このシステムから容易に想像されるのは、ユニゾンと短二度が互い違いに現れるような音世界だが、階段を上がるテンポのばらつきは大き目に取ってあり、音程のズレが進んで三度が鳴る場面すらある。そこから下降してユニゾンに復帰したりと、各奏者の軌跡は《II》よりも複雑だ。しかし、音程がこのくらい動くようになると、聴き手は各瞬間の音響複合体ではなく線の絡み合いに聴取の焦点を移すので、その限りでは「非常に単純な音楽」になってしまう。ユニゾンの揺れや短二度のうなりも依然聴こえてはいるが、それはもはや、普通の曲でもしばしば現れる副次的なエピソードに過ぎなくなる。《II》のような最後の仕掛けもなく、前触れなくフェードアウトしてそのまま終わる。
このシリーズの趣向は毎回異なっているが、今回の《II》で杉本は初めて、「作曲」しなければ実現できない独自の音楽に至ったのではないか。このような原理的な発想の作品の方が《I》よりも後に書かれたのは一見奇異だが、これまで杉本が手にした楽器はギターやチェロだったことを思い起こすと納得できる。これらの弦楽器のみでは、持続音をユニゾンで重ねても、それだけで一曲は支えられない。従って《I》は、構造が明瞭に聴き取れるシンプルな音型で空間を埋め、しばしばデザイン的な沈黙も含む、近年の杉本作品の特徴を引き継いだ音楽になった。おそらく《I》の試奏時に、管楽器のユニゾンは想定以上の効果を持つことに気付き、急遽《II》を作曲したのではないだろうか。記譜法も、《I》は一音ずつ五線に記し、発音開始時間と終了時間(演奏開始時に、全員で一斉にストップウォッチを押す)を指定したパート譜なのに対し、《II》はテキストファイルに発音時間を記し、終盤の下降部分のみ音名が指定されたシンプルなものだ。
《Music for Cymbal》(cut, 012) では偶然の産物だった、譜面上では同一の楽音を続けた際の干渉を意図的に取り込み、杉本の「作曲」は「コンセプトの構成」から「実際に鳴る音響の構成」へと踏み込んだ。彼は前回の《南十字星》以後、再び即興にも取り組み始めており、その影響がこのような形でフィードバックされたのかもしれない。このシリーズの今後が、ますます楽しみになってきた。
(2006年7月30日 明大前・Kid Ailack Art Hall)
(c) 2006 Yoshihiko NONOMURA