Sachiko M - 山内桂 Duo Improvisation

野々村 禎彦

 Sachiko M山内桂は、本サイトでも既に何回も取り上げている音楽家であり、あらためて説明する必要はないだろう。会場のバーバー富士も、Tsahar - 中谷デュオのレポートで取り上げている。ただし今回は、会場の主催公演ではない。ある小規模な会場での企画が、日程が決まった後に会場の都合で流れかかった時、企画者の友人である店主が助け舟を出したという経緯だったらしい。山内は2004年6月にこの会場でソロを行っているが、Sachiko Mに限らずこの会場にエレクトロニクス奏者が登場するのは今回が初めてであり(PAを持ち込んでも置き場すらない小さな会場でやろうという奏者はなかなかいない)、店主も期待していたようだ。ふたりが同じ舞台に立つのは、1998年のI.S.O.九州・中国ツアー以来だが、控室(住居兼店舗の応接間)から現れた際には、すっかり寛いで打ち解けていた。

 山内は窓際の高椅子に浅く腰掛け、Sachiko Mは会計カウンターに機材を並べて山内には背を向けて演奏開始。背中で共演者の雰囲気を感じているくらいの距離感がちょうどよい、とは終演後の彼女の弁。まず、正弦波発振器のフルート音域を、絞り気味の音量でオンオフするリズミックな線。しばらく耳を傾けていた山内は、沈黙から立ち上げる息音が微かに実音の響きを纏い始めたところで息継ぎを入れるパターンを繰り返す。彼はまず、2006年2月ドネダとのデュオと同じく、ソロを支える縁の下の力持ち的な役割を選択した。ヘッドフォンから音を出すSachiko Mに合わせて音量は極限まで絞り、店の外を車が通るとかき消されてしまうほど。ただし、数分経つごとに、僅かずつクレシェンドしていることがわかる。

 山内の音量がSachiko Mと同程度まで上がったところで彼女はサンプラーの正弦波発振音に切り換え、今度は山内がソロの番。2006年5月に聴かせた、実音と息音の重音奏法の出番だ。彼女がこの状況でひとつの音を保ってソリストを追い込んでゆくのは、吉田アミとのデュオユニットCOSMOSで見慣れた風景だが、山内は柳に風と受け流し、それまでと同じペースでクレシェンドし続ける。次の役割交代では、Sachiko Mは発振器立ち上がりノイズを多用する表現的な演奏に移り、山内も息音パルスにスラップタンギングを混ぜた、より起伏の大きな土台を作る。

 最後の役割交代では、Sachiko Mはサンプラー発振音を保ちつつも、時に和音、時に発振器も重ねる。山内の音量はさらに上がり、ドナーばりの息音の表現に至る。ただしすべての変化は連続しており、唐突にクライマックスを作ったわけではない。ドネダとのデュオでの山内は平坦な土台作りに徹していたので、彼が主役になる瞬間が必要だったが、今回は山あり谷ありの土台なので、ことさらに声を張り上げる必要はない。いよいよSachiko Mがサンプラー発振音をフェードアウトし始めると、山内の息音は囁き声のような旋律断片に変化し、そのまま沈黙の中に溶けていった。1時間の夢から覚めたことを確認する、静かだが確かな拍手。

 この日のライヴは、Sachiko Mのキャリアの中でも特別なものだったのではないか。彼女と生楽器の共演では、サンプラー発振音をロングトーンや余韻と共鳴させるか、発振器の鋭いノイズで器楽的なフレーズを分節ないしフレーミングするか、いずれかのパターンに帰着するのが常だった。彼女が加わったセッションの記録としては最良のものと思われる、ティルパリーハウジンガーダーフェルデッカーとの《Absinth》(GROB, 435) での彼女の役割も、まさにそういうものだった。だがこの日は、彼女がソロを取る場面がしばしば訪れた。サンプラー発振音を保つ場合も、COSMOSでのプレイのように、すべてを共演者に委ねる鳴らし方が可能だった。

 他方、山内にとっても、この日のプレイは特別なものだった。プロ活動最初期のプレイは共演者とは無関係に手持ちの音型を吹くだけ、次の段階では全面的に相手に合わせるだけだった。近年ようやく、セッション用の語法が整理されてきたが、それはソロでの探求とは無関係だった。だが、この日初めて両者が矛盾なく一体化した。この特別な関係性はこのふたりだけの化学反応であり、この日限りで終わらせてしまうのはもったいない。当分は常設ユニットとして定期的に活動し、行けるところまで行ってみる価値があるのではないだろうか。

 なお、この日のライヴは、内山誠の初めての企画だった。Sachiko Mや吉田アミのライヴでいつも見かける若者、として彼を記憶している人は少なくないだろう。私淑するSachiko Mと人生の師と仰ぐ山内の共演、開演前BGMはMr. Children、同志認定した山内と松本店主には親子ほどの歳の差があってもタメ口と自らの趣味を貫いていたが、採算や計算が先に立った無難な企画ではなく、「大好きなものを紹介する」ことに徹した企画だからこそ、ミューズは降りてきた。

(2006年8月28日 上尾・バーバー富士

(c) 2006 Yoshihiko NONOMURA

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