ピアノ舞踏会 |
野々村 禎彦 |
黒田京子と千野秀一、三宅榛名と神田晋一郎、新井陽子とパク・チャンス、藤井郷子と河合拓始。8人のピアニストが、男女ペアで腕を組んで舞台に現れた。舞踏会の始まりだ。舞台左右には、蓋を取ったスタインウェイ(左)とヤマハ(右)の2台のピアノが、鍵盤が客席に向いた形で八の字に並べられている。普段は即興音楽のライヴには使われない、駅から少々離れた区民ホールという選択は、2台のピアノがリーズナブルな値段で使え、内部奏法への制約も緩い会場の稀少さを意味している。8人がピアノの周りを歩き回り、時々音を出してはまた動くというオープニングの趣向では、おのずと内部奏法が中心になる。やがて企画者の千野はカメラを取り出し、ステージや客席を撮影してからマイクを握り、「公演中は撮影禁止」とアナウンスして笑いを取ったところで出演者を紹介した。巧みな導入だ。
デュオの1番手はパク×黒田(以下、向かって左から右に表記)。ドビュッシー風の音世界を基調に、セリー音楽風、クラスター連打といったテクスチュアを訪ねては戻る繰り返し。パクがスタインウェイを弾いたせいか、打音は圧倒的に彼の方が大きく(ただし音は澄んでいる)、黒田がこの単純な構造を打ち破る発想を介入させる機会は訪れなかった。次は新井×千野デュオ。地の音量とピアノの分担が適切でバランスはちょうどよい。新古典主義期ストラヴィンスキー風のメカニカルな音楽で始まり、徐々に調性感が薄まって点描的な音楽に移り、ドライな表現は保ちながら音数を増やしてゆく。ただしひとりがトップスピードで弾いている時、もうひとりは異なった音域で伴奏に徹し、音が分厚く重ならないように配慮している。共演の機会が多い者同士ならではの親密さが心地よい。
3番手は河合×藤井。気を遣ってスタインウェイを譲ろうとする河合を制してヤマハを取った藤井は、ガムテープを高音弦にベタッと貼り付けてダンプする。本サイトでツァハー&中谷デュオの初来日ツアー(2007年1月に再来日の予定)をレポートした際、藤井はゲスト参加した日にアップライトで同様のプレイを行っていた。さらにガラスコップを中低音弦に押し付けてポルタメントさせ、金属棒で高音弦を叩いてツィンバロン風の音色を得たりと、内部奏法のデパート状態。河合は彼女の精妙な響きを邪魔しないよう、後期スクリャービン風のフレーズを淡々と弾き続けた。コンサート前半最後のデュオは三宅×神田。三宅が弾き始めたパターンに神田が追随する繰り返しになってしまったのは、最年長×最年少という組み合わせを意識して神田が遠慮しすぎたのか、彼なりの展開を見せる前に三宅が次に移ってしまったのか。
今度は連弾2組のカルテット。最初はパク&河合×千野&神田の男性陣。音空間を連打で埋めるところから始まり、やがて空いた手で連弾パートナーの音域に介入したり、片手で弦をダンプしてクラスターを弾いたりと、力強い音が密集した状態が続く。続く女性陣は、終始4人で弾き続けた男性陣とは対照的に、ステージを歌いながら歩き回ってなかなか弾き始めない。藤井と三宅が弾き始めても、黒田と新井はまだ喋ったり口笛を吹いたり。男性陣の音が飽和した様子を眺めていただけに、違う道を行こうとしたのだろう。最終的には藤井&新井×黒田&三宅のカルテットになったが、やはり平板さは否めない。音色の乏しい同一楽器を4人で弾くのは、純粋な即興では難しいとあらためて感じた。ただし、連弾パートナーどうしの一体感は深まり、この組み合わせのデュオ後半戦は充実したものになった。
幕開けは千野×神田デュオ。ペトラッシのピアノ作品の歩みを2台ピアノで振り返るような、調性感が薄れ構造が緊密になってゆくプロセスが、地味な響きを保って進行する。構築性と音楽の息の長さが神田の美質の一端を引き出したが、間と沈黙を生かしたプレイはこの日は聴けなかった。続く藤井×新井デュオも、後期スクリャービン風の音楽が淡々と続いて驚かされたが、普段は電気楽器と張り合って、音色は犠牲に大音量を叩き出すようなプレイを強いられることが多い藤井は、精妙な音色の探求をこの機会に心ゆくまで行おうとし、クラシックピアノ歴の長い新井は藤井の渇望を察して受けたのではないだろうか。
3組目の三宅×黒田デュオが、音楽的にはこの日の白眉だった。全体構造は明瞭にブロック化されており、それを便宜的に「楽章」と呼ぶことにすると、第1楽章はバッハ風の2声ポリフォニーをふたりが弾き、黒田が出入りのタイミングを調整するとねじれた疑似4声ポリフォニーが出現する。第2楽章は後期ドビュッシー風の対話。《白と黒で》を思わせる灰色の風景が果てしなく広がる。第3楽章はストラヴィンスキー《ラグタイム》のような、奔放な素材を型にはめた音楽。型通りの高揚も用意され、拍手が来たらこれで終わろうとじっと身構えていると、聴衆も耳を澄ますのを止めないので第4楽章へ。ドナトーニ風のパッセージが鍵盤の表面を駆け回る。全曲を通じて最初の素材は三宅が出していたが、黒田は単に追随するのではなく一度身体化した上で展開のアイディアを返し、「クラシック風の即興」を超えた「創造的な再作曲」の域まで達していた。
これに対して最後のパク×河合デュオは、視覚的にこの日最もインパクトの強いイヴェントだった。まず、ふたりは鍵盤の前に立ったまま身じろぎもしない。このまま10分経過して終わりでもいいような気になってきた時、まずパクが仕掛けた。おもむろに助走をつけて鍵盤に飛び乗る。滅茶苦茶だ。ピアノを傷める以外に何の意味もない。衝撃音が鳴り止まぬうちに素早く降りて鍵盤を乱打し始めると、どうやら大丈夫そうだ。鍵盤に全体重をかけるのではなく、まず鍵盤の手前に着地して荷重を分散させたのが良かったようだ。グランドピアノを何台も持っている資産家の家庭では、こんな「練習」までしているのだろうか? 河合も負けじと靴を脱いでピアノに上り、フレーム上を這うようにピアノの中に入って内部奏法を行う。体重を分散させて気を遣っていることはわかるが、ピアノの背面に立てば可能な操作ばかりで、純粋に視覚的な行為である。やがてフレームを伝って静かに床に降り、そっと弾き始める。パクのパターン化と背中合わせの強烈な打鍵には乗らず、時に体をよじりながら、悠然と大きなフレーズを歌う。
前セットの内容が内容だけに楽屋は大変な騒ぎになっていたようだが、最終セットの全員即興へ。もはや積極的にピアノに向かう者は少なく、「やり遂げた」意識の三宅×黒田などは、早々に舞台袖に引っ込んで眺めている。やがて千野×パクがヤマハの前に陣取り、猛然と弾き始めた。スピード感ではこの日一番のプレイ。ますます遠巻きに眺める面々。このままではいけないと、河合はスタインウェイに座り、あえて訥々と弾こうとする。その時藤井は千野×パクに歩み寄り、獣のような叫び声を絞り出した。我に返ったふたりは早々に退散し、いつしかステージ上には河合だけになった。照明までソロ用に変化する中、「ピアノばかり聴かせ続けられてみんな退屈しているのに、なんで俺ひとり取り残されて....」と即興でブルースを唄い始める河合。トホホ感を突き抜けて格好良く見え始めたところで千野が登場して終演を告げ、全出演者を呼び戻してあらためて紹介し大団円。
今回の企画は千野が企画したパクの日本ツアーの一公演であり、パクとさまざまなピアニストの出会いの場を作ることが目的のひとつだったのだろう。黒田と河合というデュオパートナーの選択も妥当だ。だが、彼に限って言えば、会場で売られていた自主制作CD-Rのような静寂と狂騒の振れ幅の大きな音楽は聴けず、終始叩きっぱなしになってしまった。まだ彼はセッションの経験が少なく、雰囲気に酔ってしまうのか。パク以外のセッションに関して言えば、ピアノデュオという編成自体にクラシカルな音楽を喚起する傾向があり(即興の描写がクラシック音楽との対比に偏ってしまうのは、決して筆者のバックグラウンドのみに由来するのではない)、黒田や神田のようなクラシック奏者以上にクラシック的な志向を持つ音楽家が、三宅や千野のようなその思いを受け止められる音楽家と出会った時、初共演でも充実した音楽が生まれた。このような稀有な組み合わせ以外では、互いに手の内を知り尽くした千野と新井のような関係でもない限り、いわゆるセッション的な音楽を超えるのは難しい。
この種のセッションには高橋悠治は70年代から関わっていたが、三宅や千野らがそれに続き、日本在住時のジョン・ゾーンらによって1990年前後に再び活発化した懐かしい風景である。この日のメンバーを外部の視点で当時と比べると、随分と「即興村」に偏った視野の狭い人選に見えてしまうかもしれないが、実際には千野と共演経験がある2、3人以外は初対面に近い(直接の共演経験がないのみならず、共演者を通じた間接的な接点もない)関係だった。すなわち、「ジャンルの壁」が明確だった時代よりもむしろ今日の方が、音楽家の出会いの機会は狭まっている。情報の流量が格段に増えて「出会い」自体のインパクトは薄まり、失敗の記憶だけが蓄積されたということなのだろうか? 往時も現在も知る千野(彼は、Festival Beyond Innocenceにも毎年参加している)や風巻隆(本サイトでもレポートした)が、あえてこの種の企画をしぶとく続けようとする心情はよくわかる。
(2006年10月20日 西新宿・角筈区民ホール)
(c) 2006 Yoshihiko NONOMURA