太田真紀・無伴奏ソロリサイタル『声』

野々村 禎彦

 トーキョーワンダーサイトは、現代音楽を曲目の中心に据えた若手演奏家のリサイタルシリーズを2005年から始めたが、2007年1月の回は3日間6公演に拡大して行われた。そのトップバッターとして登場したのが太田真紀(ソプラノ)である。2003年12月、next mushroom promotionラッヘンマン企画で《temA》(1968) の日本初演を行って以来、彼女は川島素晴による企画を中心に、多数の現代作品を演奏してきた。筆者が聴いた中では、2005年4月の渋谷・公園通りクラシックスでのグロボカール《安全性の彼岸》(1977/81) が、絶叫にもグラデーションを付ける繊細な表現と、倒れ込みながら発声したり、奇声を発して客席を走り回り、聴衆と睨み合うようなダイナミックな劇場性を併せ持つ、彼女の可能性を俯瞰できる作品だった。口の中に指を突っ込んで喉の奥まで見せながら歌ったり、白目を剥いて狂ったように笑ったりといった、普通の歌手ならばどこかでリミッターをかけてしまうような指定も平然とこなす。遠慮や羞恥心はステージ上では邪魔だと言わんばかりに。

 また、2006年11月に大井浩明が同じ会場で企画したコンサートでは、彼女は松平頼則《朗詠・二星》(1967/89) と《朗詠・早春》(1990) を歌った。かたや声もピアノも点描的なセリー音楽、かたや声は12音列から雅楽の旋法の構成音のみを拾ってその間を図形楽譜のポルタメントで繋ぐ独自書法という、作曲年代を反映した2作の差異が彼女の解釈では明確に音にされており、晩年の松平のミューズだった奈良ゆみとの世代や美学の違いを感じさせた。他方、2005年7月の松平頼暁個展で歌った《創世記》(1981) では、旋法的音列期ストラヴィンスキーを思わせる書法のアンサンブルの1パートとして線を紡ぐことが要求されるが、このような「声の表現」を離れた器楽的厳密さを求められる作品とは相性が良くない。同じコンサートで演奏された《カード・ゲーム》(1995) のような、声色の変化とアクションで聴かせる曲は彼女の独壇場なのだが。ただしこの「問題」は、クラシック演奏では歌手の声質や表現の志向に応じた細かい役割分担があるのに対し、現代音楽演奏になると途端に何でも屋になることが求められる制度の問題だろう。現代音楽に取り組む声楽家が依然少ないことが、問題の本質である。

 その意味でも、川島の企画という枠を離れ、選曲もプログラムノート執筆も自ら行った今回の企画は、現代音楽中心に活動する演奏家としての彼女の今後を占うものだった。歌い慣れたソロ2曲、気心の知れた作曲家への委嘱新作初演、新レパートリーの計4曲からなるハーフリサイタルは、自らが最も輝く曲目を的確に選んでおり、彼女の今後の活動への期待を膨らませるものだった。何よりも、伴奏者を自由に指定できる企画であえてソロを選択した心意気に打たれた(注0)。以下、曲目を演奏順に眺めてゆく。

 最初はベリオ《セクエンツァIII》(1966)。現代音楽をレパートリーに加えている声楽家にとっては古典中の古典であり、太田も完璧に暗譜している。あえて譜面を立てて演奏しているのは、歌いやすい「自分用ヴァージョン」にならないようにするためだろう。終始笑みを絶やさない余裕の歌唱。手で口を覆うのはお上品な仕草ではなく、音の出口を遮蔽した場合の音色変化の探査なのだと的確に把握し、極力歌い方を変えないのもさすが。《セクエンツァ》シリーズの核心は「特殊奏法」にはなく、持続音の微妙な変化をいかに音楽的にコントロールするかにあると見抜いた模範的演奏だった。彼女は先述の2005年4月の演奏会でもこの曲を取り上げており、息を鼻に抜く割合や倍音唱法を混ぜる割合はこの時点で既に十分コントロールされていたが、当時は早口言葉に難があった。

 続けてヘスポス《ナイ》(1979)。現代曲の知名度は作品の質ではなく作曲家の知名度で決まってしまうところがあり、その意味ではまだ馴染みの薄い曲だが、技巧的にも音楽的にもベリオ作品をはるかに上回る。あちらでは難度の高い唱法は単発で現れ、歌いながら見栄を切る余裕があったが、この作品では素材のひとつとして織り込まれている。太田が譜面を見つめる眼も真剣そのもの。即興ヴォイスで名高いローレン・ニュートンはかつてこの作品を、難渋な「現代音楽風パッセージ」を原初的な絶叫が分節する音楽として提示したが、太田は表現の幅を大きく取る一方でオペラ的な発声は保ち、絶叫のような刺激的な表現はむしろ控えめにする。「晴れの舞台」なので上品にまとめたわけではない。色々あったが最後は「無い」と囁いて虚空に吸い込まれるように終わる、仏教的無常感を根底に持つ作品では、特定の要素のみにスポットを当てた解釈は好ましくない、という判断なのだろう。

 セッティングの時間を挟んで、河村真衣《結願》(2006, 委嘱初演)。日本語テキストを使うことを前提に、大阪音大時代からの知己(注1)との共同作業というスタンスで作曲されたという。日本語を座って歌うという基本設定から、声明風の歌唱が必然的に選ばれた。まず舞台中央で結跏して時々マンジーラを打ち合わせながら歌い、次は左手に移動して正座し、ツリーチャイムを叩きながら歌う。その次は右手に移動するが、今度は立って歌うとおのずと西洋的な歌唱になり、音域も高め(西洋的な基準では太田本来の音域)に設定されている。最後は再び中央で胡座をかき、冒頭の雰囲気に戻って終わる。現状では習作という印象が拭えないが、それはまだ試奏に留まっている歌唱のせいでもあるだろう。本サイトでレビューした桜井真樹子のパフォーマンスのように、「何かが降りてくる」ところまで入れ込まないと、この種の儀式的な音楽がリアリティを持つのは難しい。ただし、低音域の地声を聴かせる曲は他になく、プログラミングとしては適切だ。

 最後はノーノ《照らし出された工場》(1964)。政治参加志向が強く打ち出された中期の代表作である。ここまでの3曲は会場奥の壁際で歌われてきたが、この曲は4チャンネル音響の中央に声が浮かび上がることが想定されているため、スピーカーを会場の四隅に配して客席通路の真ん中で歌った。メインの前に一息入れ、椅子の並べ方を変えるために5分程度の小休憩が挟まれたが、ホワイトキューブに折畳み椅子を並べる簡素な会場設営にはコンサートホールにはない柔軟性がある。また、音響技術担当の有馬純寿のプロフィールが、通常のソロリサイタルでの伴奏者と同格の共演者として記されていた(プログラム冊子にはもちろん、告知の時点から)ことも特筆したい。電子音楽は作曲者が録音メディアに定着した時点で終わりではなく、音響技術者による「演奏」しだいで別物になってしまうという現実を踏まえた対応が、ようやく行われるようになってきた。

 長らくこの作品のスタンダードになっていたのは、Carla Heniusが歌った録音(WERGO, WER 6038-2)だろう。シュプレヒコールを多く含む合唱と時代がかった電子音をステレオにミックスダウンしたテープパートの背景を、年季の入った声(録音当時47歳)が力強く導く。独唱者の役割は、疲弊した工場労働者たちを指導する前衛党の幹部というあたり。だがこの日の音楽は、音像の分離に加え、テープ音響自体の鮮度が段違いに良い。2006年に新たにリマスターされたデジタルデータを用いたのだという。有馬はさらに、デジタルデータの修正も積極的に行った。オリジナルのアナログ機材の限界による各チャンネルの同期や音量変化の乱れを、譜面と対照しつつ丹念に「本来の形」に戻していったのだという。電子音の触感もデジタル的で、「音響派以降」の音楽と言われても納得してしまうほど。

 このような音環境下での歌唱はおのずと違ったものになる。滑り出しは、テープ音響がリハーサル時よりも聴衆に吸われたのか、声の方が遠慮するバランスになっていたが、電子音の侵入が始まる中盤には音空間全体を包み込む十分な音量が確保された。音楽の主役はテープパート(合唱の録音もその一部)であり、それが突きつける現実の重みを静かに受け止める内面の声が独唱者の役回りである。この役割には、若々しいが芯の通った声がふさわしい。テープパートの音量はリハーサル時の倍になったというが、張り上げずともそれに拮抗できる声を太田は持っている。歌・語り・叫び声の間を巡る、合唱パートに呼応した独唱のあり方も彼女の芸風に合致している。テープパートがすぱっと切れ、無伴奏ソロで切々と歌い上げる終結部を迎えると、この曲がソロリサイタルのトリに置かれた意味も納得できる。

 長々と書いてきたが、それだけの可能性を感じさせるコンサートだった。「古典」としての60年代前衛にきちんと取り組む姿勢、電子音響との共演を躊躇しない姿勢、そして新作委嘱を積極的に行う姿勢。高い技術と音楽性を持ったクラシック奏者が、名声に至る裏道としてまず現代音楽に取り組むことは近年増えているが、そのような奏者と真の現代音楽奏者を見分けるには、新作委嘱に積極的に取り組んでいるかどうかを見ればわかる。例えば、彼女のひとつ上の世代で、現代音楽奏者としての評価を内外で固めつつある木ノ脇道元大井浩明が、DUO DOGENとして「競楽II」を制した後の記念コンサートは、全曲委嘱初演という無謀極まりない企画だった。これが安易な思いつきではなかったことは、川島素晴の初期代表作《ポリプロソポスI》(1995) がこの日の曲目に含まれていたことを指摘すれば十分だろう。その後も彼らは新作委嘱を地道に続けている。フルートとピアノ(注2)という、ソロ曲に恵まれた楽器を専門とする彼らでもそうなのだ。ソロ曲が絶対的に少ない声を専門とする彼女には、さらに積極的な取り組みを期待したい。

(2007年1月26日 トーキョーワンダーサイト本郷 2Fホール)

(注0) 初稿では、電子音響との「共演」を告知しているのは6公演の中では彼女だけであることも強調していましたが、音響担当の有馬氏より、2日目の2公演とも、特に告知はないが電子音響を伴う作品が含まれていたとのご指摘を頂きました。ご指摘に感謝致します。

(注1) 太田の現代音楽演奏記録(2006年4月まで)によると、彼女が初めて取り組んだ現代作品は河村《夜》の学内発表会での演奏だった。冒頭の録音を大阪音大作曲科のサイトで聴くことができる

(注2) 大井の「専門」は現代ピアノだけではない。フォルテピアノ、クラヴィコード、チェンバロというピアノの源流にあたる鍵盤楽器の他、オルガンとオンド=マルトノにもプロ奏者として取り組み、チェロ、二胡、ギター、笙、グラスハーモニカなども嗜んでいる。

(c) 2007 Yoshihiko NONOMURA

Misc Review - 06/02/25 パフォーマンスの複数次元
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