高橋悠治・梅津和時・さがゆきセッション

野々村 禎彦

 近年の高橋悠治は即興の現場にもしばしば登場している。本サイトでは即興復帰の初期に行われた千野秀一とのデュオを取り上げたが、当時はラップトップを使い始めたことを契機に、音響的な音楽性を持つ音楽家との共演が多かった。だが、avex-classicsとの契約以降、クラシックのピアノリサイタルの機会が増え、それに伴って即興の方向性も変わり始めた。さがゆきとは初共演、梅津和時との共演も約20年ぶりというこのライヴの顔ぶれを見て、何事かと足を運んだ。

 前半のメインは高橋悠治ぼくは12歳》(1977) 全曲。このライヴの前日が in F 開店12周年の記念日であり、このライヴも開店記念の一環として企画された。梅津がクラリネットを吹く1曲以外は高橋の伴奏だが、エコーをかけずにマイクをオフ気味にして歌うさがに、ピアノの蓋をいっぱいに開けてようやくバランスが取れ、音量はかなり控え目。そもそも中山千夏の歌唱を前提に書かれた作品だけにクラシック的な発声はふさわしくなく、地声に近いさがの歌唱は作品によく合っている。ジャンルに回収されてしまうような表情付けを行わず、主旋律も伴奏もアジア民衆歌風(日本南方島部の童歌と韓国民謡がベース)なのは水牛楽団時代の作風なのだろうが、かくもシンプルな音楽になるとアーティキュレーションを聴かせる余地はなく、音色が聴かせどころになる。この状況は現在の高橋のピアニズムには似合わない。

 高橋のピアノ伴奏は、矢野顕子ブロウチ》のために書かれた、谷川俊太郎の詩を用いた2曲<ゆめのよる><はこ>(1985) で真価を発揮した。《ぼくは12歳》に全力投球したさがはこの2曲では明らかに準備不足で、表現以前に歌詞がしばしば落ちていたが、そのためバランス的にも声はピアノのオブリガートに留まり、コードに旋律断片を散りばめたピアノパートを、両手のタイミングを微妙に前後させて表情豊かに歌う高橋の語り口を堪能できた。オリジナルはシューベルト、ドビュッシー、ストラヴィンスキーらの歌曲が中心のアルバム(伴奏は主に高橋)だけに、作曲にもおのずと力が入ったのだろう。

 休憩を挟んだ後半は即興一本勝負。梅津は、クラリネット、バスクラリネット、ソプラノサックス、アルトサックスを随時持ち替えつつ、常に静謐なロングトーンを保つ。NYダウンタウンシーンの影響で極彩色のカットアップを展開していた時期の梅津を知る高橋は、やや戸惑いながらもついて行く。共演者によらずダイナミックな歌唱を貫くことが多い(たとえ姜泰煥との共演でもスタンスは変わらず、ヒステリックな印象を与えることも少なくなかった)彼女も、大先輩ふたりを前にすると抑えた演奏になり、入りのタイミングを見計らって沈黙を保つ時間が長くなる。この膠着気味の展開の中、積極的に仕掛けたのはむしろ高橋だった。さがの本来のスタイルを知ってか知らずか、彼女をコール&レスポンスの応酬に誘う。ここに梅津も絡んでくれば、このメンバーから当初予想された即興になるが、梅津はあくまで一歩引いたプレイを保ち、むしろさががそちらに合わせて引き始め、やがて高橋は新たなパターンを切り出してさがを誘うことの繰り返し。最後も盛り上がるのではなく、消え入るように幕を閉じた。

 アンコールは一転して、梅津とさがのコール&レスポンスで始まり、高橋も楽しそうにそこに加わる。後半の即興とは対照的な展開で素早く切り上げることも合意済みだったようで、各楽器の最高音に向けてぐんぐん上昇し、華やかにスパッと終わった。

 このライヴは、各音楽家にとっても会場にとっても、特別な出来事ではないかのように淡々と進行した。フリージャズブームに乗った70年代半ばの数年間と、ジョン・ゾーンが東京に滞在してライヴ企画を積極的に行っていた80年代末の数年間、高橋は即興音楽界と積極的に関わったが、否定的な総括とともに関係は終わった。だが、ここ数年は良好な関係にあり、Festival Beyond Innocenceにも毎年のように参加していた。この背景として、この日の梅津の演奏スタイルに典型的な、音響的即興を通過した演奏様式が即興の選択肢のひとつとして広く浸透したことが挙げられる。杉本拓らが『三太』紙などで繰り返し批判するように、この即興様式の中心部では空洞化やルーティン化が進行していることは事実だが、この即興様式が時間差を伴って周辺部に拡散し、より慢性的な空洞化やルーティン化に見舞われていた即興音楽の諸領域を活性化させつつあることは見逃せない。北里義之が最近mixi上で展開している音響的即興論では、80年代末の高橋悠治の活動を日本における音響的即興の嚆矢と位置づけているが、それから20年を経てようやく世間が高橋に追いついた状況を眺めることは、価値判断を抜きにしても興味深い。

(2007年7月18日 大泉学園・in F

(c) 2007 Yoshihiko NONOMURA

Brief Report - 03/09/26 千野秀一&高橋悠治デュオ
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