独奏一週間「そろ・ソロ・SOLO」第1夜・宇波拓ソロ |
野々村 禎彦 |
Kid Ailack Art Hall は2009年3月30日から4月5日まで、宇波拓・杉本拓・大友良英・大蔵雅彦・ Sachiko M・秋山徹次・中村としまるの1週間連続ソロライヴを企画した。いずれも日本の音響的即興/ポスト音響シーンを代表する、この会場でもたびたびライヴや企画を行ってきた音楽家だが、この条件をみたす数倍の音楽家たちの中からこの7人を選ぶ理由は、バー青山やOFF SITEでの企画以来、日本のこのシーンを先頭に立って引っ張ってきた3人(秋山・中村・杉本)と、「ポスト音響」のアイコンとして国際的に活動するONJOの「音響側」メンバー4人だから、ということになるだろう。
第1夜の宇波はこのメンバー中最年少ながら、このシーンでの活動と並行してあの奇妙なインスト(時々歌もの)バンドHOSEを2000年に結成し、杉本拓が「作曲」活動を始めたのとほぼ同時期に「作曲ユニット」michiを始めており、音響的即興から「ポスト音響」へのシフトチェンジの最先端を担ってきた。その反面、ソロ演奏で独自のスタイルを見出すまでは時間を要した。ギターとラップトップを用いた試行錯誤を経て最初に落ち着いたのは、振動するスピーカーユニット上にオブジェを置いて「演奏」する、ザビエ・シャルル流のスタイルだった。シャルルの演奏は大型ウーファーを用い、中身を全部床にぶちまけては次のオブジェに進む豪快な見世物だが、宇波は小型フルレンジユニット多数をラップトップで制御する繊細なアンサンブルを聴かせていた。だが、2005年のマッティンとの長期ツアーを通じて、二番手戦略に限界を感じてこのスタイルを放棄し、さらなる試行錯誤の末、多数の小型モーターをラップトップで制御し、さまざまなオブジェを連打するサウンドを聴かせる近年のスタイルに行き着いた。
「室内楽コンサート」でも馴染み深い沈黙から、すべての発音装置が鳴り響く喧噪まで、普段の宇波作品以上にダイナミックレンジは広い。モーター打撃音の表情はテンポによって大きく変わり、発振音との軽妙な絡み合いも聴きどころのひとつだったが、やはりこの日のハイライトは、個々はむしろ軽やかな打撃音が重なって巨大な音の雲に至る場面だろう。発音源は十分広い空間にばらばらに置かれているので、音が飽和することはない。この状態から音を切った時に広がる虚無感への対処が問題だが、まず板などのオブジェを倒し、その視覚的インパクトと衝撃音のドサクサに音の雲から沈黙に移行するという離れ業で切り抜けた。オブジェの倒壊は、1回目が最も派手な畳サイズの板、続く2回が大型小包。擬音化すれば「どサッ」となるこの音響は、大友克洋『童夢』以来飛び降り自殺と切り離せなくなっており、なんとも不穏(注)。オブジェの操作は、不安定な状態で紐で吊って支え、紐を離せば倒れるという原始的な方法で行われたが、薄暗い照明の中ではモーターの暴発のように見えるのがまた味わい深い。ステージ上で紐を操作しているのが見えてはドッチラケで、インスタレーション形式の上演には本質的な意味があった。
小型スピーカー以外の発音装置は休憩時間中にすべて片付けられ、後半は一転して宇波が身ひとつで椅子に佇む。彼が最近取り組んでいる、手拍子メインの演奏である。「室内楽コンサート」では、彼と杉本のギターデュオだがメインは手拍子の応酬という曲があり、この日の2日前の浅草橋・parabolica-bisでも宇波は、手拍子メインでギターは彩りのソロを聴かせた。いよいよギターも持たず、手拍子ソロに近づいたわけだが、さすがにソロとはゆかず、小型スピーカーから断片的に再生されるローターの回転音と共演した。テンポに加えて掌の窄め方や打ち合わせ方をさまざまに変えると、音色のパレットはむしろスネアドラムよりも豊かなほど。再生音のボリュームと相まって盛り上がった時には、足踏みや舌打ちも一瞬交えたが、トーキングドラム的な感情表現に向かってはコンセプトが狂うので踏み止まった。ここでは手拍子は、エレクトロニクスとも楽器とも「うた」とも異なる音楽表現の空白領域と位置付けられている。言説(例えばケージ云々)に汚染されがちな「沈黙」よりも「無」に近い存在。
あらためて振り返ると、この日の2セットは二項対立を軸に見事に組み立てられていた。ラップトップソロが十分な密度に達すればもはや音楽家がステージに鎮座する必要はない。アカデミックな電子音楽の時代から、PAから音楽が流れるだけという人間不在の上演形態の空虚さはしばしば問題にされてきたが、それはつまるところ、殆どの電子音楽は内容が薄く、視覚的刺激がなければ間が持たないということにすぎない。シュトックハウゼンやフェラーリの電子音楽が適切な音響環境で再生されれば、そこに肉体は必要ない。宇波の音楽の場合、音響はオブジェから出る「生音」なので音響技術に結果が左右されることはない。モノラルのPAから再生されるのは、定位や分解能を必要としない記号的な音響である。このような「ソロ」と対置されるのは、純粋に肉体を聴衆に晒す行為であり、手拍子以上にふさわしいものはない。行為の通俗性ゆえにケージが召還されるおそれはなく、聴き手は音楽家の肉体と正面から対峙せざるを得なくなる。「手拍子ソロ」という形態が可能ならばそれに超したことはないが、楽器の歴史性も「うた」の情緒性も持たない手拍子が喚起する寂寥感―あらゆる道具を奪われ、声を発する体力すら失った人間の最期の足掻きのような―に向き合うのは音楽家自身にも辛いのか、今回はサンプリング音とのデュオになった。現時点でもかなり異様なスペクタクルなのは確かだが、作曲にせよ奏法の開発にせよ、「手拍子ソロ」を可能にする手段を見つけるまでは探求を続けてほしい。それが実現した時、質的な変化が起こる可能性は十分にある。
(注) 平田オリザによる女子高生群像劇『転校生』(1994) が、このライヴ前日まで池袋・東京芸術劇場中ホールで上演されていた。静岡県舞台芸術センターの委嘱で2007年に初演された、飴屋法水演出版の東京初演。錯綜する会話は台本に極めて忠実だが、オリジナルでは他の役同様女子高生が演じていた転校生を彼女たちの祖母の世代のベテラン女優が演じ、オリジナルでは一人芝居の後に舞台を去る生徒を唐突に飛び降り自殺させてしまうのが、この演出の特徴。携帯電話で常時連絡を取り合っているはずなのに彼女の自殺には誰も気付かないが、この事件を契機に異物扱いされていた老転校生がクラスの一員として受け入れられてゆく。まるで彼女が転校生に転生したかのように。この際の音響も「どサッ」だったので、筆者の意識が過敏になっていたのかもしれない。
(2009年3月30日 明大前・Kid Ailack Art Hall)
(c) 2009 Yoshihiko NONOMURA