喜多直毅&黒田京子:シリーズ「軋む音」vol.5『轍〜血を歩く』

野々村 禎彦

 ピアニスト黒田京子に関しては、本サイト初期に平野公祟とのデュオを取り上げており、またリーダーユニットの黒田京子トリオは本サイトの年間ベストテンの常連でもあり、あらためて紹介する必要はないだろう。ヴァイオリニスト喜多直毅のバックグラウンドはタンゴ。バンドネオンの大御所、京谷弘司のユニットと、鬼怒無月率いるインプロ界の粋を集めたユニット"Salle Gaveau"という、日本のタンゴ演奏の両極を支えている。喜多の関心はタンゴを越えて広がっているが、2002年に始まる黒田との共演は大きな役割を果たした。《空に吸はれし心》としてまとめられたデュオをはじめ、北村聡齋藤徹…らが加わったさまざまなトリオなど、レパートリーや人脈的な広がりに加え、音楽を生真面目に探求する姿勢を共有できるのが大きいのだろう。ジャズヴォーカルの伴奏などジャズ関係の仕事が一段落した時期に喜多と出会ったことで、黒田の活動もより尖鋭化した。

 ふたりはさらに2009年から、コンサートシリーズ「軋む音」を始めた。基本的に即興ではなく、朗読・歌・演劇的所作・小道具などを用いた「総合芸術」的アプローチの公演。第1回は音を殆ど出さず、楽器を用いた身体運動のみで時間構造を作る試み、第2回は永山則夫の生涯を具体的なイメージを伴って振り返り(喜多が永山に扮して少年時代を回想し、絞首刑の執行まで再現する)、第3回はアウシュヴィッツ強制収容所を描いた音楽劇、第4回は少年時代の苛め体験に基づく絵画を描き続けて夭折した石田徹也の生涯(筆者はこの回は聴けなかった)と、重い題材のパフォーマンスが並ぶ。

 ただし過去4回のシリーズでは、構成は独自のパフォーマンスだが、テキストは主に引用で音楽も既成曲を混ぜていた。だが今回は、テキストも音楽(歌を含む)もすべてふたりで書いた。テキストや歌は原則的に書いた者が朗読し/歌い、楽曲も作曲者が主役ないし独奏という分担で進んでゆく。今日の社会状況の中で彼らが伝えずにはいられないことを、直截なメッセージではなく普遍化してパフォーマンスにまとめた。フライヤーにも印刷された喜多の詩が、公演全体の基調になっている:

同じ道を行くまいと決めたのに 此処から遠く逃れようと願ったのに 車輪は轍に取られ、逆らい難い 長い年月をかけて地面に穿たれた傷跡 道に見せかけた呪い それが轍 あなたの言葉に傷付く者が 別の誰かを傷付ける 傷付けられた誰かが更に誰かを誹り…… 時に人は刃物になる 誰かと誰かの間を繋ぎ続ける不幸せな一本の線 怒りや悲しみを手渡し続ける永遠のリレー それでも 轍を逸れて行くのは あなた 私 たとえ 行き着く先が荒野だったとしても たとえ 踵に深い傷を負ったとしても この道をもう選ばない

 冒頭、この詩を黒田がステージ正面の譜面台の前に立って朗読していると、客席後方から噪音が聴こえてくる。喜多が通路に腹這いになり、足をばたつかせて舞台へと進みながら、ヴァイオリンを弾いているのだ。深い傷を負いながら轍を逸れて行くとはどういうことかの、簡明にして要を得たリアリゼーション。この場面のみ「書いた者が読む」原則の例外なのは、このような演出を前提に書かれた詩であることを意味している。喜多がどうにか譜面台まで辿り着くと黒田は舞台後方のピアノの前に下がり、喜多の朗読が始まる。理想主義の学生がそのまま成長したような(「女学生」のステレオタイプとも言えそうな)黒田の語りとは対照的な、若い頃から世間に揉まれてきた苦労人が絞り出したような(MCでは見せない東北訛りを意図的に強調した)語り。

 そのままヴァイオリンソロに移行し、冒頭では無理な体勢で弾くことで生まれた不安定な持続を、今度は精緻なコントロールで生み出そうとする。スル・ポンティチェロでランダムに上下するグリッサンドを弾き続け、ボウイングを微調整して音色を変えたりかすれさせたり。やがて黒田が無調的な点描パッセージを打ち込んでくるが、喜多はそれで方向性を変えることはなく、ふたつの歩みの偶然の交わりが楽しめる。自由即興音楽に特有の、一切馴れ合わないが無視するわけでもない関係は、「轍を逸れて行く」あり方のひとつだろう。黒田のピアノがオスティナートに変化すると、喜多のヴァイオリンも走り始める。

 ふたりとの付き合いが長い美術作家/デザイナーの山田真介は、このシリーズでも舞台美術とフライヤーのデザインを担当している。今回の公演では、中央譜面台のやや右側に天井から床へと毛糸を斜めに張り、舞台奥左手に数本のポールを立てて毛糸を張り巡らし、檻を思わせる空間を作り出した。黒田が朗読に戻ると、喜多はこの舞台奥の空間に移動し、楽器を撫でるように発する噪音で伴奏を始めた。かつての彼は、技巧的フレーズや情熱的なリズムの刻みで常にアンサンブルの前面に立ち続ける、ロックバンドの血気盛んなギタリストのような音楽家だっただけに、音楽に影から寄り添うようなプレイに黒田との出会い以降の成熟を感じる。

 その後の展開のひとつの特徴は、このシリーズが回を重ねるごとに比重を増していた演劇的所作が、冒頭以外は一切用いられなかったことだろう。テキストも音楽もすべて自前なので、単に準備する時間がなかったのかもしれないが、今回の公演ではテーマの普遍化/抽象化が旨だったので意図的に封印したのかもしれない。素早い運動の残像だけが残る喜多のソロや、分厚い低音域のオスティナートから無調的な上昇音型が吹き上がる黒田のソロなど、ふたりの決め技は惜しげもなく投入されるが、喜多ならタンゴ、黒田ならジャズという両者の起源を想起させるフレーズは厳しく排除されていた。これも普遍化/抽象化を目指した結果だろう。

 1セット1時間余りの公演は、終始無調ないし短調のフレーズの重苦しい雰囲気に覆われていたが、最終局面では黒田がシンプルな長調の三和音を弾き始め、喜多は楽器を置いて舞台左手奥と譜面台右脇に張られた毛糸を鋏で切ってゆく。天井から床に真っ直ぐに張られた1本の赤い毛糸以外すべて切られたところで暗転して幕。それまでに積み上げてきたものとの落差に呆気に取られてしまうが、メッセージとして受け取れば、テキストも音楽もすべて冒頭の詩のパラフレーズ=轍を逸れることへの逡巡の象徴であり、思い切れば意外と簡単ということなのかもしれない。若干のMCの後、アンコールとして〈シェルブールの雨傘〉が演奏されたが、演奏終了に合わせるかのように、切られてもポールに引っかかっていた毛糸がバサッと床に落ちた。やはり、この公演には何かが降りていたように思えてならない。


 最後に若干の補足。普遍化/抽象化を目指した公演を具体的に読み解こうとするのは蛇足の極みで、筆者の内面をいたずらに垂れ流した「ポエム」になりかねないが、「轍から逸れる」ことを、「改革」や「維新」を標榜した新自由主義ポピュリズムと混同することだけは避けたい。本公演で朗読されたテキストの中でも、扱っているのは少なくとも百年以上の歴史を持つ出来事であることは明言されており、政治史的には30年程度の新自由主義ポピュリズムや、民生利用の歴史は高々50年程度の原子炉(元々は原爆の原料生産のための軍事技術だった)自体は対象ではない。このシリーズの前回は2011年6月だったので、扱っているのは「311」直後の災害ユートピア的な雰囲気でもない。

 運動が長期化し目標も曖昧になるうちに目に見える敵を求めて内ゲバに向かったり、運動にわかりやすさを求めるあまり差別の再生産に加担したり、運動を早く広めようとメディアに頼ったら正反対の目的に利用されたり…少なくとも日本に民主主義が伝わって以来、繰り返されてきた「道に見せかけた呪い」からは今回も逃れられないのだろうか。今後、健康に大きな影響を及ぼすと懸念される放射性物質の半減期は約30年という時間スケールの運動のはずが、半年や1年で目に見える成果を挙げようとするから轍に嵌ってしまう。喜多は十余年、黒田は四半世紀にわたって地道に、しかし後戻りせずに積み重ねてきたから今日があるだけに、このようなパフォーマンスを行わずにはいられないのだろう。再演に堪える普遍性は十分持っており、このシリーズを離れても演じ続けてほしい。

(2011年12月9日 渋谷・公園通りクラシックス

(c) 2011 Yoshihiko NONOMURA

Live Review - 03/07/24 黒田京子、平野公崇デュオ
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