John Butcher: Cavern with Nightlife (Weight of Wax, WOW 01) |
野々村 禎彦 |
1954年に英国ブライトンに生まれ、ロンドンを拠点に活動を続けるジョン・ブッチャー(S.Sax.,T.Sax.)は、ヨーロッパ自由即興音楽第二世代(注)の中でも随一の技巧の持ち主と目されている。2回目の日本ツアーも間近に迫っている(今回は、第四世代(注)で最も注目すべき音楽家のひとりロードリ・デイヴィス(Hp.)と共演する公演が多い)彼は最近、新たな自主レーベルWeight of Waxを始めた。本稿で取り上げるのは第1回リリース、2002年晩秋の初来日ツアーの音源である。
1曲目は、宇都宮・大谷資料館でのソロ。大谷石地下採掘場跡の野球場並みの広さを持つ地下空間であり、第2次世界大戦中は航空機の秘密工場として使われたこともある。演奏場所は入り口から30mほど下った最深部の、舞台のように切り出されたところ。なお、本サイトでレビューしたSachiko Mソロは、この場所の反対側の壁を背にしていた。残響は低音ほど長く、T.Sax.の低音域では優に1フレーズ分はある。T.Sax.から始まった演奏は、しばしの探り吹きの後、持続音の残響の分厚い壁の上に、残響が途切れない程度に持続音程を挟みながら別なフレーズを乗せていく、擬似重音奏法で最初のピークを迎える。その後は真の重音奏法と擬似重音奏法を行き来してからS.Sax.に持ち替える。まずは点描的な音形で、さまざまな倍音や息音、キー音やスラップタンギングの残響を測る。徐々にひと続きのフレーズに移行した先は思いのほか伝統的な旋律(新古典主義の作曲家が、無調に転じた時に書くような)だが、重音奏法のテストも兼ねている。一息入れて始まるのは、高音域のトリルを循環呼吸で保ちつつ、重音のフレーズを挟んでいくエヴァン・パーカーお得意の奏法。これを手短に切り上げると、今度は鳥の囀りのような高次倍音の密度を徐々に上げてフレーズに成長させる。そして速射砲のようなスラップタンギングの洪水。再びT.Sax.に持ち替えると、まずは静かな持続音をベースにした重音奏法、しだいに高揚すると残響を生かした擬似重音奏法、最後は朗々と吹き渡すブロウで幕。ディスクに収められた残響はライヴでの印象よりは控え目だが、残響とのデュオのような音楽は十分聴き取れる。
2曲目は、六本木・Super Deluxeでの中村としまる(no-input mixing board)とのデュオ。録音当時はこのスペースが麻布十番から移転して間もなく、間近に六本木ヒルズがオープンして街の中心が移動する前の、西麻布寄りの隠れ家の雰囲気を保っていた時期である。演奏は中村のホワイトノイズにブッチャーがT.Sax.のキー音や息音で寄り添って始まる。だが中村は、これらの常套的な音型を引っ掻くような発振音で退け、ブッチャーがリードを吸う微小ノイズをマイクで増幅するプレイに行き着いたところで、ようやく安定した発振音を鳴らし始める。この部分の音響はむしろAstro Twinを思わせる(ブッチャーが吉田アミ役)。張り詰めた空気が生まれたところで、中村は高周波持続音、ブッチャーは増幅した持続音に落ち着く。やがてブッチャーは、ソロアルバム《Invisible Ear》(Fringes, 12)で聴かせていた、ハウリング音を巧みにコントロールするプレイを交え始め、高周波を正弦波発振音的な線の細い音に絞った中村とのフィードバック・デュオに至る。そこにさらにキー音を加えていくあたりに、ブッチャーの表現意欲が読み取れる。最後は生音に戻り、回路の能力いっぱいに音を重ねていく中村の音楽を受け止める。
2002年時点でのブッチャーのベストテイクと言えるふたつのライヴ音源(いずれも秋山徹次が録音)が、自主レーベルの再出発に選ばれた。この時から2年、さらに進化したブッチャーを生で聴けるのは楽しみだ。初共演ながら素晴らしい相性を聴かせた中村としまるとのデュオは、今回の来日公演でも予定されている。
(注) ヨーロッパ自由即興音楽の世代区分は、60年代後半から70年代にかけて基本的な音楽様式を固めた第一世代(デレク・ベイリー、エヴァン・パーカーら)以外は共通の定義があるわけではない。20歳前後でこの世界に入ってくる早熟な音楽家もいれば、さまざまな音楽遍歴を経てこの世界に入ってくる音楽家もいる。従って、単純な生年による区分よりも、即興音楽を始めた際に参照した音楽様式による区分が適切だと筆者は考える。この観点に立つと、第二世代は第一世代によって固められた様式を継承し、あるいはそこに固有の音楽様式を接ぎ木した世代(ジョエル・レアンドル、ミシェル・ドネダら)、第三世代は第一世代の行き詰まりを見てNY発の多様式主義を出発点に選んだ世代(ブルクハルト・シュタングル、トニー・バックら)、第四世代は多様式主義の陳腐化を見て音響的即興から出発した世代、ということになる。現状認識としては、第一世代と第四世代が緊密に結びついた「主流」が各世代から人材を吸収し(第三世代は、この流れにほぼ同化したように見える)、第二世代の残党は孤高の道を歩んでいる。だが、この「主流」にも翳りが見え始めており、第二世代の逆襲や第五世代の台頭など、今後数年は再び興味深い動きが見られそうだ。
(c) 2004 Yoshihiko NONOMURA