Doneda, Wright, Nakatani: from between (soseditions, 801)

野々村 禎彦

 即興音楽に、もとより平坦な道などないが、ミシェル・ドネダ(S.Sax.,sopranino Sax.)がことさらに曲がりくねった道を歩んできたことは、彼のディスコグラフィからも窺える。身近な仲間たちとユニットを結成し、即興フェスティヴァルを渡り歩いて収入を確保するという多くの即興音楽家たちが歩んでいる道から、南仏トゥールーズに居を構えて芸術家コミュニティを育て、世界に散らばる少数の理解者たちと腰を据えた共同作業を続ける、稔りも多いが困難も多い道へと向かいつつある。日本における良き理解者であり、自身も同じ道を歩みつつある齋藤徹との2回の日本ツアーは、いずれも1ヶ月に及ぶものだった。このようなドネダの姿勢と最も遠いのが米国社会だが、そんな国にも理解者はいる。ドネダのひとまわり上、1942年に生まれたジャック・ライト(S.Sax.,A.Sax.)は、教職と反体制運動に前半生を費やし、音楽活動を本格的に始めたのは80年代に入ってからである。ジャズの伝統から離れた地点で即興音楽を始め、年とともに表現的な要素も削ぎ落としていった彼の音楽の支持者は決して多くなかったが、ボストン音響的即興シーンの台頭とともに、ようやく内外で認知され始めた。

 特に、ボブ・ライニー(curved S.Sax.)との頻繁な共演と録音は、互いに大きなプラスになった。ドネダとライトの出会いも、ライニーとボセッティがトゥールーズに2002年5月に訪れて実現した優れた録音《Placés dans l'air》(Potlatch, P103)が契機になったのだろう。同年秋にトゥールーズで初共演したライトとドネダは、翌年には2回の米国長期ツアーを行った。ライトにとってライニーは、非表現的な志向と音色感覚、またリベラルな社会観も共有する盟友だったが、ドネダはさらに時間と空間の感覚も共有できる、ライトにとってのまさに「失われた半身」だったようだ。だが、幸福な出会いはこれだけでは終わらなかった。彼らはニューヨークで中谷達也(Perc.)と共演し、ただちにトリオが結成されることになる。音楽活動歴では、ライトはむしろドネダよりも「若い」ことを考え合わせると、中谷は1970年生まれというメンバーの世代の広がりに過剰反応すべきではないが、多国籍ユニットが即座に結成され、既に米国とアジアの2度のツアーまで予定されているのはただごとではない。今回リリースされたこのトリオのファーストアルバムは、その背景を解き明かしてくれた。

 全3曲55分のうち最初の2曲は、2003年5月に中谷の自宅スタジオH&H productionで録音された、彼らの出会いの記録である。第1曲<hands behind hands>は30分に及ぶ。持続音と沈黙によって縁取れらる音楽ではなく、各瞬間に新たなイヴェントが投入されるタイプの音楽としてはかなりの長さだ。音楽は原初の混沌から始まる。特に最初数分間の打楽器のサウンドは、音楽的イヴェントというよりは演奏前のセッティングのように聴こえるが、「環境音」に楽器を寄り添わせていくドネダ(左ch.)の手際は、音響技術者ピエール=オリヴィエ・ブーランとの共同作業による数々のフィールド・レコーディングを想起させる。そこから徐々に進行するのは、打楽器が背景に沈み、ドネダとライト(右ch.)のサウンドに関係性が生まれてゆくプロセス。ふたりがひとつに溶け合うにつれて、ドネダの音像が右ch.に移動していく掟破りの処理も、音楽の歩みと一体化している。間欠的なバスドラやシンバルの弓弾きが作る「間」の上でふたりはスパークするが、同質的なデュオの限界を破る触媒として、ふたりは中谷を必要としていた。

 13分余りの第2曲<of pipes and roots>は、このユニットの特質を端的に示している。この曲で聴かれる中谷のサウンドは第1曲よりも彫塑が行き届いており、音楽の成り行きを直接支配することなく自発的な変化を導く。スネアドラムの皮を金属棒で黙々と擦る、音域的にも音色的にもサックスと重なり合わないサウンドは、ドネダとライトの融合を促す。安定状態が生まれると、今度はサックスの音色と完全に同一化したシンバルの弓弾きを重ねてふたりの分離を促す。息音と高次倍音のドネダ、自然な持続音のライト。そこで冒頭のサウンドに戻ると、今度はふたりの個性がぶつかり合った高揚が生まれる。最後はキンをスネア上に並べて金属棒で打つ。それまでの灰色のグラデーションが一変し、コーダの到来を告げる。キンの揺れはしだいに大きくなり、勝手にぶつかり合って混沌が深まっていくが、ドネダとライトは互いの「個性的な音」を交換して吹くような遊び心を見せつつ、静かにフェードアウトしてゆく。ボストン時代の中谷は、グレッグ・ケリー(Tp.)とライニーのユニットnmperignの初期メンバーだったが、初期設定をさらに厳格に絞り込んでゆくような方向性の中では、このトリオのような以心伝心のコミュニケーションを通じて音楽を広げていく余地はなく、彼がそこを離れたのは自然な成り行きだった。このトリオは中谷にとっても、失われた夢を取り戻す場なのだろう。

 最後の11分弱の<... open this surface to clouds>は、2003年9月のライヴ音源。前2曲を特徴付ける要素は、この中に凝縮された形ですべて含まれている。彼らの真価はライヴでこそ発揮されるということだろう。2005年中には実現するものと思われる、このトリオでの来日公演を心待ちにしたい。本作はまた、ニューヨークのレーベルsubstance over surface editionsの最初のリリースにあたる。黒一色の立体印刷の凝った紙ジャケット(筆者はどうしても灰野敬二のアルバムジャケットを連想してしまうが)は、強い光が当たると化石のドローイングが浮かび上がる仕掛けになっており、闇の中で黒光りする時を超えた存在というイメージは彼らの音楽にふさわしい。erstwhileレーベルの方向性がヨーロッパと日本の音響的即興の紹介にほぼ固まり、登場する音楽家もかなり固定してきた現在、自国の音楽家にも目を向けた新レーベルの登場は待ち望まれていた。次回リリースとしては、ショーン・ミーハン(Perc.)のソロが予告されている。なお本稿は、ジャケットの誤記に由来する録音時期の事実誤認を、中谷の指摘に基づいて修正した改訂版である。

(c) 2004 Yoshihiko NONOMURA

→ Disk Review (Reference) - nmperign discography
Disk Review - H&H Production レーベル
Brief Report - 03/12/12,13,15 Assif Tsahar & 中谷達也 日本ツアーより
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