Ensemble Modern plays Frank Zappa: Greggery Peccary & Other Persuasions (BMG classics, 82876 56061 2) |
野々村 禎彦 |
アンサンブル・モデルン(EM)とフランク・ザッパの共同作業といえば、まず名高いのが《The Yellow Shark》(Ryko, RCD 40560)である。 この現代音楽アンサンブルはそれ以前にも、ハイナー・ゲッペルス、アンソニー・ブラクストン、フレッド・フリスら、実験的ポピュラー音楽を代表する音楽家たちと共同作業を行ってきたが、ザッパの知名度はやはり圧倒的だった。この企画以前には、ロンドン・シンフォニエッタ、アンサンブル・アンテルコンタンポラン(EIC)に続く世代の大編成現代音楽アンサンブル、という以上の存在ではなかった彼らは、これを機にクラシック聴取層を超えてファンを獲得し、セルフ・プロデュースのリリースをメジャーレーベルで継続的に行えるようになった。
本作は、この共同作業に続く企画としてザッパの生前から構想されていた、《Studio Tan》(Ryko, RCD 10526)の(今日では《Läther》(Ryko, RCD 10574/76)の、と言うべきかもしれない(注1))代表曲<The Adventures of Greggery Peccary>を拡大編曲し、他のザッパ作品の編曲と組み合わせたものである。上演は2000年から始まり、このスタジオ録音は2002年、ジョナサン・シュトックハンマーの指揮、<The Adventures of...>の語りにオマール・エイブラヒムとデヴィッド・モスを迎えて行われた。だが、本作は前作ほどには成功していない。演奏にも問題はあるが、主な問題は企画にある。前作の中心は、クラシック・アンサンブル用の旧作とセリー的なシンクラヴィア作品の編曲であり、オリジナルがロックバンド用の作品はプログラムの繋ぎに数曲挟まれるだけだった。一方本作では、大半の曲のオリジナルはロックバンド用で、取り上げられたシンクラヴィア作品も、明快な旋律を打ち込みリズムが支える、アンサンブル編曲のメリットが少ない曲想のものが多い。
もちろん、ロックバンド用の作品を器楽アンサンブルで演奏すること自体は、決して間違いではない。ザッパが最も通常のロックに接近した70年代半ばの作品を中心に、演奏者自ら古楽アンサンブル用に編曲したアンサンブル・アンブロジウスの《The Zappa Album》(BIS, NL-CD-5013)は十分な成功を収めた。彼らは、オリジナルの音は全部拾えないことを前提に(電子楽器はもちろん、Ds.に代わり得る楽器すらないのだから)、まずオリジナルを採譜し、楽想にふさわしい処理を限られた編成の中で探していった。表面的なサウンドではなく、音楽の核心を掴み取ろうとする努力の中から、有意義なカヴァーは生まれる。一方本作は、Ali N. Askinが編曲を担当し、アンサンブル・モデルンは与えられた譜面を演奏する、前作と同じ態勢。編曲の方向性も、オリジナルよりもはるかに大きな編成を生かしてなるべく多くの音を拾い、さらに和声を分厚くすることで一貫している。そこに創意が入り込む余地はなく、オリジナルと比べた欠点ばかりが浮かび上がる。特に致命的なのはDs.のダサさ。アンサンブル・アンブロジウスがDs.を一切入れず、チェンバロとヴィオラ・ダ・ガンバによる通奏低音でリズムセクションを代用したのは、実に賢明な戦略だった。
タイトル曲<The Adventures of....>には、これらの問題点が端的に集約されている。大編成による本録音が、G./Vo., Key./Vo., Tb., Bs., Ds.の5人編成(Vo.は多重録音なので、実質的には7人編成)によるオリジナルにあらゆる点で及ばないのでは、何のための編曲かわからない。マザーズ解散以降のザッパは、腕利きのメンバーを集めて数ヶ月にわたるリハーサルで追い込み、ベストテイクを丹念に編集して1枚のアルバムを作り上げた。この水準の達成に張り合うには、相当な覚悟が求められるはずなのだが。とは言っても、今回の録音だけを聴く分には、出来の良い現代オペラの1幕の引き締まった演奏、という程度には肯定的な評価になる。問題は、70年代ザッパ最高の達成のひとつであるオリジナルの高みに達していないことである(注2)。《Studio Tan》からはもう1曲、<Revised Music for Guitar and Low-Budget Orchestra>が、ギターソロをアンサンブル内のソロ回しに置き換えて収録されたが、<The Adventures of....>と同じメンバーでTb.がFl.、Bs.がVn.に持ち替える、オリジナルの「低予算オーケストラ」ならではの味わいは、フル1管の分厚い編曲では消えてしまった。
シンクラヴィア作品の編曲では、<A Pig with Wings>(《Civilization Phaze III》(Barking Pumpkin, UMRK 01)より)は、ツィンバロン風の音色を持つ合成音で統一されたオリジナルを、ピアノ、ギター、マンドリン、ハープに拡大して音色に幅を持たせたアイディアが素晴らしい。<Night School><The Beltway Bandits>(《Jazz from Hell》(Ryko, RCD 10549)より)と<Put a Motor in Yourself>(《Civilization Phaze III》より)も、打ち込みの跳ねまで再現した徹底ぶりが耳を惹く。ただし、オリジナルへの接近にこだわるあまり、シンセサイザーやサンプラーまで使っているのはいかがなものか。後期ザッパのシンクラヴィア作品は、クラシック演奏家への幻滅が出発点にある(注3)だけに、音楽の性格はロックバンドのための作品よりもむしろ器楽的であり、アンサンブル編曲には意義がある。しかし、電子楽器の使用はこの側面を曖昧にしてしまう。また、オリジナルには希薄なドライヴ感が、アンサンブル版の長所なのかどうかも微妙なところ。ザッパはロックアルバムでも、クリアだが生々しさのないテクスチュアを編集の際に作っていた。オリジナルの平板なサウンドは意図的なものであり、シンクラヴィアの技術的限界ではないはずだ。
今回のアルバムのベストトラックは、元々クラシック・アンサンブル用に書かれ、《Orchestral Favorites》(Michael Zearott指揮; Ryko, RCD 10529)や《The Perfect Stranger》(ブーレーズ/EIC; Ryko, RCD 10542)では情けない出来だった、<Naval Aviation in Art?>の迫力ある演奏だった。この作品の真価は、今回の録音で初めて明らかになったと言えるだろう。この作品に限らず、アンサンブル・モデルン以前のクラシック奏者によるザッパ作品の演奏水準は、ロックバンドのための作品のザッパ自身による演奏とは比較にもならなかった。現時点でアンサンブル・モデルンがまず行うべきなのは、クラシック・アンサンブルのための作品を、ロック作品と同じ土俵に引き上げることだろう。ただし、<The Adventures of....>の本編終了後、30秒を挟んで始まる隠しトラック<Does This Kind of Life Look Interesting to You?>(《200 Motels》(エルガー・ハワース/ロイヤルフィル; Ryko, RCD 10513/14)より)では、終結部にアイヴズ《ニューイングランドの3つの場所》第2曲<パットナム将軍の野営地>を埋め込むような自由な編曲が行われ、セッション風の演奏の中でモスの芸達者ぶりも生かされていた。 全編、オリジナルに囚われずにこの調子でカヴァーすれば、違う世界が開けていたかもしれない。
クラシック音楽は、J.シュトラウスやガーシュウィンらを自らの内に取り込みつつ、その射程を広げてきた。エーリンク、ノイヴィルト、望月京ら60年代生まれの作曲家たちの近作を聴いていると、彼らにとってポピュラー音楽に由来する要素はもはや「大衆性」の記号でも伝統を異化する道具でもなく、身体に染み付いた音楽的記憶の一部なのだと感じられる。このような現代音楽界の状況を思うと、ザッパが先人たちの列に加わることも夢物語ではなさそうだ(もっとも、それは彼の音楽にとっては悪夢かもしれないが)。彼らとポストパンクの実験的な音楽家たちを分かつのは、クラシック音楽の伝統をリスペクトする姿勢だが、この点でもザッパは彼らの側にある。彼らと同世代の演奏家が集まったアンサンブル・モデルンがザッパの音楽に導かれたのは自然な流れであり、《The Yellow Shark》はこのような展開を予見させるアルバムだった。これに対して本作は、現時点でのザッパ作品の「クラシック化」の限界を示す資料と位置付けられるだろう。
(注1) ザッパはデビュー以来、ワーナーのレーベル内レーベルから比較的自由なリリースを行ってきた。だが、70年代半ばになるとその自由も狭まり、彼はメジャーレーベルを離れて、自主レーベルを立ち上げることを決めた。その第1弾として彼が構想していたのが、ロック、ジャズ、ミュージカル、現代音楽など多様なスタイルの作品を集めた4枚組アルバム《Läther》であり、<The Adventures of....>は、この大作の最終面を飾る作品として作曲された。だがワーナーはこのリリースを認めず、このアルバムのために準備されていた音源を、編成の近い曲どうしを各々1枚のLPにまとめ、《Zappa in New York》《Studio Tan》《Sleep Dirt》《Orchestral Favorites》という4枚の別々なアルバムとしてリリースした。《Läther》が本来の形で復刻されたのは1996年。ザッパの死の3年後、当初のリリース予定の19年後だった。
(注2) EMのホームページに掲載されているこのプロジェクトの解説記事では、<The Adventures of....>のオリジナルはあくまでテープ編集で作られた音楽だとして、多様式な要素が急速に交代する音楽の演奏が生演奏で可能になったことの意義を強調している。だが、そもそもロックは本質的に、録音メディア上で作曲された電子音響音楽であり、むしろライヴの方が、「オリジナル」の販売促進のためのプロモーション活動にあたる。また、このようなスタイルの音楽の生演奏は、80年代半ばにはジョン・ゾーンらによって広く行われるようになり(モスも、このシーンから世に出た音楽家である)、今日では何ら驚くべきものではない。しかもこのアルバムは、ホールを1週間借り切った録音セッションを編集して作られているわけで、ますますオリジナルと同じ土俵で比較するのが妥当である。
(注3) ロックバンドを素材にしたテープコラージュ作品とみなせる70年代初めまでの作品と比べると、その後のザッパのリリースの中心は一般的なロックの形態に近づいたが、その一方でオーケストラのための作曲にも力を入れ、実演や録音の可能性を探っていた。この計画はなかなか実現に向かわず、業を煮やしたザッパは、リスペクトするブーレーズに譜面を送った。当時のブーレーズにはそれを実現させる力はなかったが、ザッパの作曲家としての力量を認め、EICのための新作を委嘱した。これが《The Perfect Stranger》のリリースにつながった。また、当時は現代音楽を中心に活動し、EICも頻繁に振っていたケント・ナガノが、この委嘱を知ってザッパに興味を持ったことを契機に、彼の長年の希望は《London Symphony Orchestra》(Ryko, RCD 10540/41)として実現した。だが、これらの実演や録音での演奏水準と、ロックバンドによるライヴや録音で彼が要求してきたものとの落差は大きく、夢破れたザッパはこれ以降、クラシック奏者による自作の演奏を禁止し、器楽的な発想の作品は、もっぱらシンクラヴィアでリアリゼーションを行った。彼がこの禁を解き、EMの依頼に応じて《The Yellow Shark》の制作が実現したのは、彼らが総計1ヶ月に及ぶリハーサル期間を確保したからである。