Sachiko M: derive (noise asia, NAIM15CD)

野々村 禎彦

 Sachiko Mの《Sine Wave Solo》(AMOEBiC, AMO-SAT-01)に続く2枚目のフルアルバムであり、"de..." 3部作の完結編でもある本作が、ようやくリリースされた。録音は1999年、アルバム用のマスタリングも2000年3月に行われたが、そこからが長い道のりだった。

 3部作のこれ以前のリリースは、《debris》(F.M.N. Sound Factory, FSC-016)と《detect》(Antifrost, Afro 2007)。いずれも20分前後のミニCDである。前者は、ディレイをかけた正弦波発振音ソロとコンタクトマイクソロが1曲ずつ、後者は正弦波発振音のみを素材に、ケージ的な沈黙が頻繁に挿入されていた。前者は「I.S.O.」で用いていた素材の残骸で作られたから《debris》、後者は音楽と「反音楽」の境界を探っているから《detect》と題されたのだろうか。

 本題に戻ろう。第1曲では、正弦波発振器のさまざまな立ち上がりパターンが並べられる。頭蓋骨を内側からこじ開けるような、ショートフックの連打。第2曲では、流し放しの高周波発振音の上に、微かな低周波のループが重ねられる。素材は正弦波発振音でも、サンプラーの機能は活かされている。 時計の刻みに追い立てられるようなイメージ。第3曲では、単純な比例関係にない周波数の正弦波発振音が同時に鳴らされ、周波数成分の足し引きだけで時間が分節される。音量もコンスタントに大きく、耳へのダメージは相当なもの。最後の第4曲では、ディレイをかけた正弦波発振音が断片的に鳴らされるが、それらは音階に属し、乾いた旋律断片が漂う。耳への挑戦の果ての仄かな抒情。

 これら4曲の来歴は、大友良英の活動と見比べればタイトルから読み取れる。第1曲は<YT>、すなわち山下毅雄。《山下毅雄を斬る》(P-VINE, PCD-5804)の最後を飾った大友とのデュオ<Song for Y.T.>の、彼女のパートの原曲である。この曲で大友は、さまざまな付帯音楽で用いてきたノスタルジックな反復音形を繰り返し、彼女のパートは自由にリミックスして郷愁をさらに高めるアクセントとして扱った。だが、ここに聴かれるオリジナルは、全く非妥協的に作り込まれている。むしろ、彼女が提供した硬派な素材のおかげで、この曲は甘いお伽噺に堕すことを免れた。そして、このような実験精神とノスタルジアの共存こそが、山下の音楽の本質に他ならない。

 第2曲は<SD>、すなわち<Speed>。第3曲は<LW>、すなわち<Lonely Woman>。どちらも大友良英ニュー・ジャズ・クインテット(ONJQ)の最初期からのレパートリーであり、Sachiko Mのこれらの曲は、ONJQが演奏の際に流すことを前提に作られた。第2曲の切迫感は、畳み掛けるような曲想(《Flutter》(Tzadik, TZ 7232)では<Spin>と改題されている大友の曲)に対応し、第3曲の破壊性は、オーネット・コールマンのオリジナルを切り裂いて「New Jazz」を演出する。もっとも、このカヴァーが最終的には《Flutter》に収録されなかったのは、このバンドがこのような単純な図式を超えた次元に達したことを意味している。第4曲は<NL>、すなわち<Night Lights>。ジェリー・マリガンのこの曲は、ONJQのレパートリーでは異色のバラードだが、《Flutter》の最後に収められたヴァージョンでは、むしろ彼女のパートが音楽の中心になっていた。

 このように、本アルバム収録曲はすべて大友作品に由来しており、《derive》と名付けられた。制作年代は第1曲が1999年4月、それ以外が1999年10月であり、《debris》は両者の中間、《detect》はその1年後にあたる。その意味では、本作は決して「3部作の完結編」ではない。絞り込んだ素材の中で豊穣な音楽を作り出そうとする方向性は《debris》に近く、その後のフィリップ・サマーツィスとのデュオ《Artefact》(Dorobo, DOR LTD07)やショーン・ミーハンとのデュオ(no number)に連なるのは《detect》の方である。だが、本サイトでレビューした今年8月のライヴの方向性は、もう一回りしてむしろ《derive》に近づいており(この変化の背景としては、吉田アミとのユニット「COSMOS」の活動が活発化したことが挙げられよう)、結果的に時宜にかなったリリースになった。

 2004年はじめには、大友とのデュオ編成による彼女のリーダーユニット「Filament」のライヴ音源を集めた5枚組ボックスセットがF.M.N. Sound Factoryからリリースされる予定になっており、彼女の音楽にはますます注目が集まるだろう。世間の耳目はパートナー大友に向きがちで、「Filament」も大友のリーダーユニットであるかのように紹介されることが少なくなかったが、本作を関連する大友作品と聴き比べることで、彼女の個性が確認される契機になればと思う。

(c) 2003 Yoshihiko NONOMURA

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