2003年のベスト10 |
野々村 禎彦 |
あらためて眺めてみると、音楽関係ばかりだなあ、とつくづく思う。2位のドライヤー特集上映も、本サイト絡みの打ち合わせの際に鈴木さんから教えて頂いたもので、音楽関係以外の情報には、すっかり疎くなってしまった。「マンガしか読まないのではマンガは描けない」とよく言われるが、それは音楽でも同じはず。対象化という作業が求められる批評では、この傾向はさらに強いはずだ。このような視野狭窄の影響は、例年参加している「中古音盤堂奥座敷」の「今年の5盤」にも表れており、2003年分ではとうとう、80組を挙げないと収まりがつかなくなってしまった。ディスクのリストアップはそちらに任せ、こちらのベスト10はライヴを中心に選ぶことにしたが、このサイトを続けることで、平衡感覚が取り戻せればと願っている。
(00) 「ベスト」で規定よりもひとつ多く選びたくなった時、よく使われるのは「次点」だが、思い入れのある対象には使いたくない言葉だ。そういう時は1位を「別格」に格上げするのが、先人の知恵というもの(例:別格 南禅寺)。だが、この1枚は文字通り別格だと思っている(思い入れの程は「2003年の5盤」に書いた通り)。ただし、本国では2002年末発売だったので別枠にしているという面もある。
(01) プログラムノートを書いたりやチラシを撒いたりしたインサイダーなのでレビューは遠慮したが、振り返ってみても刺激的なイヴェントだった。ただし内訳は、Super Deluxeでのライヴが6割、《逸話的なものたち》が2割、《Paris-Tokyo-Paris》が1割、その他全部で残り1割といったところか。限られた予算と時間でフェラーリの全貌を見渡すのはやはり難しい。本サイトでは谷口さんがレビューしている。
(02) ドライヤーは、『裁かるるジャンヌ』の監督として名前だけは知っていたが、ユーロスペースで上映されたトーキー作品の素晴らしさは予想をはるかに超えていた。まず、音楽も台詞も実に少ない。彼にとってトーキーという表現形態は、音響を自らの意図通りに映像に沿わせるための手段だった。特に印象的だったのは、家どうしの対立に翻弄されるカップルと、狂人扱いされた隠者が起こす奇跡というふたつの古典的な素材を、映像の運動性の力で統合して新たな次元に引き上げた『奇跡』と、完璧な静止画を完璧な動きで結び付けた黙示的な遺作『ゲアトルーズ』。この静謐なモノクロの世界が彼の望んだものだとすると、常套的なピアノ伴奏に覆い尽くされた京橋フィルムセンターでのサイレント作品の上映は何だったのだろうか。本サイトでは鈴木さんが、サイレント映画における音楽のあり方にポイントを絞ってレビューしている。
(03) 60年代から70年代にかけてのルシエの斬新な作品(というかサウンドインスタレーションというか)は知っていても、生楽器と自動スウィープする正弦波発振音の干渉が中心になる80年代以降の作品群は、似たような曲ばかりだと思っていた。だが、ディスクで聴けるのは彼の世界のごく一部に過ぎなかったと、この日思い知らされた。鉛筆を打ち合わせる音が展示室の壁と共鳴してドシンドシンと震えたり、トライアングルのトレモロの差音の音像が音空間にホログラムのように浮かび上がったり、という音楽がディスクに収まるはずがない。本質的に「生で聴かないとわからない音楽」なのだ。本サイトでは鈴木さんがレビューしている。
(04) これといいクセナキスのRZ復刻盤といい、待ちに待ったディスクは入手した時点でお腹いっぱいだったりするものだが、松平の真打ちは《循環する楽章》(1971)や《音取、品玄、入調》(1972-73)なので、ようやくオードブルを食べ終わったあたりか。メインディッシュへの期待が膨らむ。こちらも詳細は「2003年の5盤」にて。本サイトでは、石塚さんがレビューする予定。
(05) バラケのソナタの真髄が初めて音になった。この水準の音楽が聴ければ京都行きも苦にならない。本サイトLive Review参照。
(06) ドネダと斉藤の日本長期ツアーも2回目。ふたりは海外でもしばしばツアーを行っており、音楽の深い部分で一体化している。表面的な技巧に頼らない本物の音楽を聴かせた今回のツアーは、凝ったゲストのチョイスでも楽しませてくれた。レビューはこちら。
(07) ニューヨーク即興音楽の新たな息吹を伝えるデュオの初来日ツアー。会場のカラーを敏感に聴き取って、毎日全く違う音楽を聴かせてくれた。特にOff Siteでの微小音プレイの緊張感は凄まじく、彼らの底力を見せつけた。本サイトBrief Report参照。
(08) Hibari Musicの紹介を担当したインサイダーだが、それと順位は関係ないはず。バー青山の時代からこのシーンに参加していた人々は内外で認知されたから次の世代を紹介しよう、というシンプルな姿勢が清々しい。やはり詳細は「2003年の5盤」にて。
(09) 自分で料理を作るようになった時から、化学調味料は排除して出汁を取っているが、昨年は鰹節も自分で削り始めた。子供の頃は、最寄駅の商店街には必ず乾物屋があり、仕上節も何種類も置いてあったものだが、現在ではデパートや食品専門スーパーでようやく、それも申し訳程度に置いてあるにすぎない。築地に通うしかないのだろうかと思っていたら、このサイトに遭遇。鰹節はまだ各種試している途中なのでコメントは避けたいが、歴然と違うのは灰干若布や乾椎茸。今まで食べていたのは何だったのだろうか。
(10) 順位は最後になってしまったが、少し見方を変えれば1位になってもおかしくなかった(ただし、それでも《absinth》には及ばないので、そういう意味でも「別格」なわけです)。要はコードが違うということ。矢野顕子や椎名林檎は9位までと同じコードで語れるが、倉地や「ふちがみとみなと」はそうはいかない。倉地が昨年リリースした《I heard the ground sing》(美音堂, SFS-007)は昨年指折りのアルバムだったが、この日のレコ発ライヴは、さらに上を行く。だが、それを素直に喜べないのは、菊地成孔、外山明とのトリオによる曲は、いまや倉地がソロで歌った方が凄いことがはっきりしてしまったから。菊地経由で彼を知っただけに、複雑な気分のライヴだった。
P.S. このベスト10を選んだ後、とあるライヴで鈴木さんに会ったら、「『へルター・スケルター』が出たのって去年だっけ?」と訊かれた。そうでしたそうでした、昨年上半期の岡崎京子出版ラッシュの中でも傑出していたこの1作。本サイトの立ち上げ準備を始めたのは6月に入ってからだが、それ以前の出来事は頭の中に霞がかかっていて、よく思い出せないことにこの時気付いた。実際、それ以前に起こっているのは、今回挙げた中では0位と6位のみ。だが、このランキングの中にあらためて『へルター・スケルター』を置いてみると、妥当な位置は10位台前半だと思われる。ということは、音楽体験としてはかなり充実した1年だったのではなかろうか。
P.P.S. ベスト10をアップしたものの、何か重要なものを忘れているような気がずっとしていたが、やはりそうだった。というわけで、最終版はこちら。