Ensembles 09「休符だらけの音楽装置」展 |
野々村 禎彦 |
YCAMでの『大友良英/Ensembles』展は美術界に一石を投じ、その一部始終を大友自身が振り返った書籍も発売された。だが、これは集大成ではなく始まりの祝祭にすぎないことは彼が誰よりも自覚しており、東京を中心に『Ensembles 09』展が始まった。YCAMの全面的サポートのもとに行われた2008年の展示とは異なり、今回の一連の企画のリスクは大友が負っている。端的に言えば、収入計画の大きな柱は展示の入場料であり、その見通しが狂った場合は大友の持ち出しになる。これは「道楽は自分の財布で」というような素朴な話ではない。そもそも現在の大友にとって、サウンド・インスタレーションはもはや「音楽家の道楽」ではない。生誕50年に合わせた新宿PIT INNでの4デイズも、音楽企画で最も入れ込んでいるAsian Meeting Festivalも、展示期間中に行われる関連公演として、むしろ地味に執り行われた(音楽家をインスタレーション的に空間配置し、集中した高揚に至らないようにするのが基本コンセプト)。ONJOの活動休止も展示期間中にアナウンスされ、最終ライヴも関連公演として行われた。映画音楽の作曲と即興音楽の共演は従来通り続ける一方、自ら定期的に行う音楽活動はギターソロ、山本精一とのギターデュオ、ONJQ結成時からのリズムセクション(大友(ギター)、水谷浩章(ベース)、芳垣安洋(ドラムス))でジャズを演奏する大友良英トリオ、東アジアの音楽仲間とのカルテットFEN(大友(ターンテーブル、ギター、エレクトロニクス)、ヤン・ジュン(中国; エレクトロニクス)、ユェン・チーワイ(シンガポール; ラップトップ)、リュウ・ハンキル(韓国; エレクトロニクス、オブジェ))程度に絞り(註)、残る時間はサウンド・インスタレーションの準備と制作に費やす。
ギャラリー展示がコレクター相手の即売会である限り、作家がギャラリーを借りて無料で公開するのは自然だが、この慣習が「歴史的評価が確立する前の現代美術は無料で見られるのが普通」という通念を生み、サウンド・インスタレーションのような「売り物ではない展示」すら無料が当たり前になってしまった。するとサウンド・インスタレーションの展示を行うには、公共機関や現代美術フェスティヴァルへの提案書が採用されるのを気長に待つか、個人運営のゲリラ的スペースで企画者も制作者も持ち出しで作品を世に問うか、という選択にならざるを得ない。代々木・Off Siteを皮切りに、00年代前半に個人運営のフリースペースがいくつも現れたのは、デフレ基調の「失われた10年」に、小ギャラリー程度の物件なら個人でも手の届く賃料になったことが大きいが、持ち出しで企画を続けている限り、長期的に安定した運用はできない。だが、リーマンショック以降の経済状況を背景に、原宿・Vacant(2階展示室はログハウスのような内装ながら、神宮前・ワタリウム美術館の全展示フロアを合わせたほどの敷地面積を持つ)、浅草橋・parabolica-bis(個々の展示室は小ギャラリーの規模だが、雰囲気の全く違う展示室が最大3室取れる)など、入場料を取ってもおかしくない規模の場がフリースペースとして動き始めている。入場料を取れるのは美術館=権威によって価値が保証されている場での展示のみというのは美術界の慣習に過ぎない。音楽界ではアマチュアバンドのライヴですら、ライヴハウスのレンタル料に見合った入場料を取るのが通例である。サウンド・インスタレーションもそれでよいではないか。
『Ensembles 09』展は、以上のような前提のもとに始まった。皮切りはVacantでの〈without records〉展、入場料500円(再入場は当日のみ可)。基本的にはYCAMでの同名展示の延長線上にあり、用いているポータブルターンテーブルも、それらを動かすソフトウェアも、YCAMでの展示と同じものである。大友と青山泰知の共作、技術スタッフは 伊藤隆之 / YCAM InterLab というクレジットも変わらない。だが、階段を上って一目眺めた時から、今回の展示はYCAMでのものとは全く別物である。YCAMでは、1階から2階に上る大階段まわりの吹き抜けスペースに100台余りのポータブルターンテーブルがぱらぱらと配置され、一箇所で全部の音を聴くことはできなかった。おのずと、個々のターンテーブルは独立で、音が疎らな時は音源との距離感が強調される「音響」的なテクスチュア、音が密になると「ノイズ」的なテクスチュア、という大雑把な聴き方になってしまう。だが今回は、長辺でもピンポン球のような軽いものを投げても十分届く距離、天井の高さもライヴハウス程度、1階に下りる階段以外は密閉空間で響きもデッドではない。1階でミニコミ誌の即売会が行われていた日も喧噪は全く聴こえず、遮音性はかなり高い。このような空間なので、部屋の反対側の端にあるターンテーブルが僅かに動き、アームを引きずる微かな音響までクリアに聴こえる。もはや、80台余りの「楽器」による有機的なアンサンブルである。
個々のターンテーブルは固有の音色を持っている(レコード再生という標準的な用法ではないので、たとえ型番は同じでも音色は微妙に異なる)が、音作りに際してはまず3種類のグループ分けが行われているようだ。すなわち、(1) 金属製ターンテーブルとアームの金属部分の摩擦音、(2) プラスティック製ターンテーブルの凸凹にアームが引っ掛かる際の、あるいはターンテーブルに取り付けた突起でアームが跳ね上がって落下する打撃音、(3) ターンテーブルのフィードバック音、の3種類。(3)の役割のみを果たすターンテーブルは人間の背よりも高い柱の先端に取り付けられていることが多く、鳴り始めると天井から電子音が降ってくるように聴こえる。他方、(1)または(2)と(3)の役割を兼ね備えたターンテーブルも存在する。図式的には、(1)が旋律、(2)がリズムセクション、(3)が電子音を担当するアンサンブルであり、15分ないし30分ごとに似た局面が巡ってくる。個々の「楽器」が奏する音響は毎回違うが、「楽器」群ごとの「旋律断片」や「リズムパターン」は同一性が認識できる程度には似通っている。「曲」は毎回同じでもパラフレーズのやり方は毎回異なり、「リズム隊」の反応も大筋は決まっているが細部は毎回異なる。このようなアンサンブルに「ジャズ」を聴くのは決して不自然ではない。そこにフィードバック音が間歇的に被さってくると、おのずとONJOの音楽が想起される。YCAMでの4種類の展示はそれぞれ大友の近過去の音楽様式に対応している、と前回のレヴューでは総括したが、今回の〈without records〉でついに現在に追いついた、と捉えることはあながち牽強付会でもなかろう。
ここまで、意図的に触れなかった重要な要素がひとつある。展示の照明である。YCAMでの展示は、自然光と蛍光灯が混じった会場の通常の照明を用いていたが、今回は窓のない密閉空間での展示であり、作品の印象は照明で大きく変わる。そこで照明スタッフとして高田政義を加え、ターンテーブル1台に1個ずつ白熱灯を吊り下げて、会場の通常の照明は用いない。これらの白熱灯の明るさはターンテーブル制御と同じコンピュータで管理され、音響と照明の2種類のシステムが独立に走ることになる。両者は原則として同期しないが、この音響と照明の対位法の効果は想像以上に大きい。照明の切り替えはリズムを持っているので、音響を発しなくても音楽要素として時間分節に寄与する。高周波のフィードバック音が続いても、照明に変化があれば強迫的な印象はなくなる。特に効果的なのは、沈黙が訪れる時。YCAMの展示では、頻繁に訪れる沈黙がコンセプチュアルな「インスタレーションらしさ」を醸し出していたが、照明で分節されれば音楽要素としての「休符」になる。音響的即興の紹介者としての役割を演じていた大友自身はこの音楽様式には馴染めなかったのは、沈黙の海に浮かぶ音響の島という「音楽」のあり方に身体が順応しなかったということだろう。本作はこの矛盾への解答にもなっている。
約1箇月の展示期間に数回足を運んだ範囲で受け取れたのはここまでだが、この作品にはさらに先があるようにも思える。約15分ないし30分の擬似周期での反復と差異に着目し、ターンテーブルの音響に照明がいかに作用するか、という捉え方では抜け落ちてしまうものがこの作品にはあるのではないか。この擬似周期が微細構造に見えてくるような長い時間枠を取り、音響が主で照明が従という見方から離れてあらゆる出来事が等価に溶け合う状況に至れば、新しいものが見えてくるのではないか。この境地(あるいは、今回の展示ではそれは不可能だという確信)まで至ることができなかった理由ははっきりしている。オープニング当日の展示はまだ未完成でソフトウェアのパラメータに設定ミスがあり、約15分ごとにすべてのターンテーブルが鳴ると同時に、すべての照明が最大の明るさで点灯するようになっていた。おかげでこの周期が展示を見る際の基本単位として体に染み付いてしまい、この設定を修正した翌日以降の展示に何度か通っても、この強烈な体験を拭い去ることはできなかった。また、今回の展示では、音響と照明は完全に対称ではない。音響は機材からの発音はゼロになる瞬間があるのに対し、照明は一定以上には暗くならない。これは、入退場時に階段の上り下りがあり、展示の床面も制御ケーブルが張り巡らされて凸凹があるので、暗闇になると危険という現実的な制約があったのだろう。だが、入口に段差がなく床もフラットならば、照明が完全に落ちる瞬間があっても問題はないことは、YCAMでの〈orchestras〉で既に確認されている。今後、照明を伴う〈without records〉が内外の美術館で再制作される機会があれば、このような形でのリアリゼーションを期待したい。
〈without records〉にやや遅れてparabolica-bisで始まった展示は、Sachiko MがOff Siteで行ったサウンド・インスタレーション〈I'm here〉(本サイトでは大谷能生がレビューした)の再制作がメインであり、関連展示という位置付けになる。こちらも入場料500円、再入場は当日のみ可。2階で展示された〈I'm Here.. departures..〉は、壁面左右に2台ずつ埋め込んだ小型スピーカーから正弦波音源を再生するコンセプト。Off Siteよりも縦に長い展示室を生かしてスピーカーは互いに向かい合わないように設置し、またスピーカーの前に立った観客にスポットライトを当てる、高田政義による照明を加えた。展示の主役はそこに意味を見出そうとする観客だという主張にも思えるが、本稿ではこれ以上踏み込まない。本稿で取り上げたいのは1階で展示された〈Filament / 4 speakers〉の方である。音楽ユニットとしての Filament はSachiko Mのリーダーユニットだが、この展示のコンセプトは大友に負う部分が大きい。Musikelectronic Geithain社の高性能スピーカーを薄暗い展示室に持ち込み、可聴域ぎりぎりの超低音でありながら極めて指向性が高い、特殊な音場をまず作る。そこにターンテーブルの針音や正弦波発振器の立ち上がりノイズといった、このユニットでは馴染み深い音響を散らしてゆくが、高性能スピーカーの再生音の生々しさはライヴの音響すら上回る。だがこれは、展示空間とは無関係なヴァーチャルな音像であり、『Ensembles 09』の準備段階で宣言された「空間性の復権」というコンセプトとも、会場に合わせた「作曲」というFilament本来のコンセプトとも合致しない。すなわちこの展示は、広大な展示空間が得られない場合の〈filaments〉のテストであり、この結果を予期して正規展示には含めなかったのだろう。なお、この展示で最も興味深かったのは、高田による照明だった。各スピーカーの前に薄暗いランプを垂らし、会場中央の蛍光灯はさらに暗く、各々異なったテンポで明滅させて廃墟の雰囲気を醸し出す。思い切って音量を絞り、照明を主役にして廃墟に蠢く霊の物音のように音響を流せば(このスピーカーの最大の特徴は、低音量再生時の解像度の高さ)、素晴らしい空間が生まれたはずだ。ただしこの会場では、扉を開けると街路なので無理だったが…
9月には関連公演として、旧友の竹紙作家菅野今竹生との共作〈hands〉が京都・ギャラリーテラで展示されたが、筆者は未見。大友がギターを弾き、菅野が竹紙を漉く映像(制作:小林正)を竹紙製オブジェに投影し音響と重ねたものだというが、その音響のみを収録し竹紙製ハンドメイドジャケットに収めたCDは、普通にギターを弾いた大友のアルバムでは群を抜く出来になった。先録りした紙を漉く音響をプレイバックしながらの即興は、誰に聴かせるでもない楽屋での指慣らしのようなもので、それだけに無意識の深淵が刻まれたのか。敷地面積約30m2の小ギャラリーでの展示だが、立地は京都市役所近くの高級旅館やホテルが建ち並ぶエリア、1階の竹紙専門店の10周年記念イヴェントとして行われた経緯もあり、入場料500円という強気の設定だった。他方、10月の高円寺・gallery 45-8での〈with records〉は、路地裏の小ギャラリーだけに無料展示。この会場はOff Siteよりも狭く、レコードを乗せた5台のポータブルターンテーブルを並べただけで展示室は埋まってしまう。だが、展示はむしろこの狭さを逆用する方向で構想された。この作品の基本コンセプトは、まずONJO海外ツアーにメンバーとして参加することも多かったバリトンサックス奏者マッツ・グスタフソンにソロ録音を依頼し、それを用いてLPを限定20枚プレスする。次にこの片面に、切り絵作家尾関幹人による硬質プラスティックの切り絵を貼り付ける。最後に、切り絵で覆われた11枚のLPを観客に自由に再生させる。この際、ターンテーブル背面の壁の突起に引っ掛けたLPを手に取って振り返れば、そこにターンテーブルがある狭さがこの会場の強み。DJ風のプレイは切り絵を損傷するので禁止されており、針を落とすと切り絵に引っ掛かってガタガタ動き回り、ノイズを立てながら同心円上を動く定常状態に達するまでの過程を聴く。このLPを大友が演奏したCDも作られたが、この状況設定で出来ることはターンテーブル演奏の名手と言えども変わらない。すなわち、この展示において大友が本質的な役割を果たしたのはコンセプトの設定のみで、YCAMでの展示や今回の他の展示とも様相を異にしている。ギャラリーでの無料展示の慣習に倣い、展示で使用されている切り絵付きLPの販売も行われたが、このLPを展示から切り離して売ってしまうと、そこでは大友は「レアLPの片面に切り絵を貼るというアイディアを出した人」というだけの存在になり、この発想自体には前例はいくらでもあるので、ますます影が薄くなる。結局この展示は大友作品としては、「明るく狭い無料展示室で」「レコードを用いて」「再生を観客に委ねた」作品、という〈without records〉と真逆のコンセプトに貫かれた、シリーズの中で初めて意味を持つ極めてコンセプチュアルな存在と看做されよう。
最後に、シリーズのサブタイトルにもなった展示〈休符だらけの音楽装置〉について。大友・Sachiko M・伊東篤宏・山川冬樹・梅田哲也・堀尾寛太・毛利悠子による共作だが、音楽家兼美術作家、あるいはステージに積極的に立つインスタレーション作家を揃えた顔ぶれからして尋常ではない。会場は旧錬成中学校屋上、やはり入場料500円、再入場は当日のみ可。少子化と都心部の夜間人口の減少により、都心の公立学校は統廃合で減少傾向にあり、建物を文化施設やNPOの活動拠点として再利用する動きが広がっている。古い建物は取り壊して建て替えるのが当たり前という「日本の常識」は21世紀に入ってようやく変わりつつあり、新しいハコモノからは声がかからなかったささやかな活動に相応しい場が生まれつつある。この校舎もNPO法人「アーツ千代田3331」として新たに歩み始めようとしており、この展示はリフォーム前の最後の活動になった。会場は、東京メトロで言えば銀座線・末広町と千代田線・湯島が最寄駅になるが、それぞれの駅で降りた客が向かいそうな方向とは反対側、2本の表通りに挟まれた住宅街の中にある。コンクリート3階建ての校舎の外階段を上って屋上に出ると、周りの木造住宅や低層アパートよりは高いが、表通り沿いに立ち並ぶオフィスビルよりもむしろ低く、自動車のノイズは直接には届かない。秋葉原と御徒町の中間なので山手線がせわしなく行き交うが、こちらのノイズも間接音。上空を通り過ぎる飛行機のノイズも、ビルに反射した複雑な干渉音として聴こえる。そこに裏通りを歩く人の話し声も混ざり、井戸の底で都市の喧噪を聴くような、味わい深いバックグラウンドノイズがオブジェ群の発する音響に被さってくる。秋葉原も御徒町も、日によって人出は大きく変わり、また比較的閉店時間の早い昔ながらの繁華街なので、平日と休日、夕暮れ時と展示終了間近で音風景は大きく変わる。このように、この会場自体が既にサウンド・インスタレーションになっており、そこに威圧的な音響を重ねても意味はない。騒音を心配した近隣住民の視察では、むしろ音の小ささに驚かれたという。また、この屋上は球技の場として使われていたため、体育館並みの高さの金網で全体が覆われており、インスタレーションを設置する際には、単にフェンスで囲まれた通常の屋上よりもはるかに豊かな可能性を秘めている。
ほぼ長方形(電気設備で一部を切り欠く)の屋上の長辺の端から会場に入ると、サッカーゴールのネットに紐を結んで天井の金網に引っかけ、反対側に水の入ったバケツを結んでバランスを取り、少し膨らませた網の中にバスケットボールや風船を雑然と並べた謎のオブジェが目に入る。これは後述する、梅田が作りかけて試運転も行ったが完成には至らなかったもの。その先の短辺に置かれたサッカーゴールには金属籠が吊り下げられ、壊れた小型ラップトップやスピーカーユニットを並べ、時折通電すると蛍光灯が点き、硬質なホワイトノイズが撒き散らされる。これは大友が制作したオブジェで、反対側のサッカーゴールへと向かうライン上に同様の籠入りオブジェがさらに3つ、ポータブルターンテーブルを〈without records〉と同様に発音させるものと壊れたラップトップに発音させるものが交互に金網から吊り下げられている。これらの点灯と発音は必ずしも同時ではなく、周期も数分から数十分までさまざまで一様ではない。センターラインの先にはギターを脚立に固定したオブジェがふたつ、弦の近くに馬の毛を束ねたものが取り付けられ、風で煽られて弦に触れると鳴る仕組み。籠入りオブジェ同様の照明とアンプのオンオフを伴い、常に鳴るわけではない。ギターの調整は大友、馬の毛による「演奏」というアイディアは山川による共作である。突き当たりのサッカーゴールに置かれた机の上には、揚げ物用パットの上に白と黒のCDウォークマンが、ビニール袋に入った状態で並べられ、薄暗い蛍光灯で照らされている。アナログなノイズの道の終着点にデジタル機器を配置したのは、もちろんSachiko M。だが、端正なコンセプトに満足してその場を離れてはいけない。袋に入っているがプレイボタンは点灯しており、耳を近づけるとイヤホンから正弦波発信音が微かに聴こえてくる。ここに至って、mp3対応と大きく印刷された、見栄え的には不格好なプレイヤーを用いた理由が明らかになった。mp3対応ディスクを再生すれば、ある日の展示中はディスクを入れ替える必要はない。CDのリピート再生でも良さそうだが、音に切れ目が生じず一日の中で繰り返しが生じない方がコンセプトとしてすっきりしており、またイヤホンの再生音を袋越しに聴く環境ではmp3フォーマットの音質の悪さは問題にはならない。この作品に限らず、彼女の狙いは音が存在するか否かで空間の意味がドラスティックに変わるような状況を提示することであり、発振音の波形というアナログな次元にはない。この意味でも〈Filament / 4 speakers〉の発想は大友の関心に沿ったものだった。
この大友とSachiko Mによるセンターラインの両側で、他の作家たちは独自の声を聴かせた。大友&山川のギターオブジェとSachiko Mのオブジェの周辺、入口の反対側の突き当たりは、伊東と山川によるコンセプトの直截な表現の場になった。伊東は蛍光灯が発する微細なノイズを増幅し、光と音のオンオフが完全に一致した音具「オプトロン」で広く知られるようになったが、それ以前から蛍光灯の明滅を見せるインスタレーションを行っていた。オプトロンは改良を重ねるうちにエレキギターのような形状のスマートな「楽器」に向かい、進揚一郎のドラムスとのハードコアユニット「オプトラム」すら可能になったが、初期モデルはおよそ楽器とは縁遠い、蛍光灯のインスタレーションを無理やり鳴らしている風情のオブジェだった。今回の伊東の出品作は初期オプトロンを思わせるもので、3本の蛍光灯が薄暗くゆらめき、それとシンクロしてホワイトノイズが膨らんでは萎む。エフェクターを駆使してますますエレキギターに近づいた近年のオプトロン演奏とは対照的に、素のホワイトノイズを控えめな音量で鳴らしているが、オフィスの天井から蛍光灯ボックスを外して三脚に取り付けたような初期モデルとは違って、今回の展示ではバスケットボールのゴールに黄色くペイントした牛の頭骨を固定し、そこから3本の蛍光灯が伸びている。Off Siteの2階の棚にさりげなく飾られていたこのオブジェは、この場は決して「音響的即興の聖地」ではない、とパンキッシュな毒を静かに吐いていたが、この日の会場でも変わらぬ不穏な空気を醸し出していた。
山川は、伊東とは反対側の一帯に数点の作品を並べた。大友との共作同様、馬の毛で楽器を発音するシリーズでは、モーターに馬の毛を結びつけ、回転するたびに2枚のハイハットシンバルを叩くユーモラスな作品がまずひとつ。コンセプトをそのまま音にしたストレートな表現だが、やはり大友との共作同様、多くのオブジェを結ぶネットワークに連結してオフの時間帯を作る。四六時中オンだと玩具の猿のように見えて来るところを、この設定で回避している。その手前のオブジェは、机上のエレキギターを馬の毛で弾くもの。馬の毛をギター上空の金網からワイヤーで吊り、馬の毛が弦に触れた時だけ鳴る趣向だが、ボール紙の凧をワイヤーに取り付けてあるため僅かな風でも煽られ、音は滅多に鳴らない。待ちきれない観客が触って音が出る方が多いくらいの設定なので、こちらではアンプは常時オンになっている。山川作品はもうひとつ、伊東作品の向かいで揺れている大きな電球。一見、電球が明滅するだけの地味な展示だが、近づいてみると電球の真下の床面がドクドクと音を立てている。階下の天井に大型スピーカーを仕込み、山川の心音を流しているのだという。ライヴパフォーマンスでは常に素肌を晒した衣装で登場し、床まで付きそうな髪を振り乱して大きな身振りで演奏や行為を行う彼の表現において、直接的な肉体性は大きな役割を果たしているが、決して日本的情念には向かわず、抽象的な/ヴァーチャルな要素を残して透明感を保つ。今回の展示でも山川の基本的な方向性は変わらない。
なお、電球を用いた作品にはサプライズが隠されていた。通常の展示ではひとつの作品を同時に鑑賞するのは高々数人だが、展示開始数日後に全作家が会場に集合するライヴを行った日には、通常展示とは桁が違う、100名をはるかに超える観客が集まり、人気作品の周りには人垣ができていた。この山川作品の心音に気づいた若者が横になって床面に耳を当て始めると、観客は何事かと集まる。すると電球の明滅に変化が起こり始めた。デフォルトは心音よりも遅いテンポで、一瞬点灯してはすぐ消える繰り返しだったが、観客が増えるにつれて点灯時間が長くなり、人垣が三重まで膨らんだ頃には、デフォルトのテンポの「明」と「滅」が反転するところまで光るようになった。階下の天井にはスピーカーのみならず圧力センサーも設置し、観客の存在を密やかに作品に取り込んでいたのだ。ライヴ日の爆発的動員がなければ見えない仕掛けとはいえ、観客の存在が展示内容にフィードバックされる作品は他になく、山川の独自性を感じさせるには十分だった。
残るは、今回の展示の核心にあたる梅田・堀尾・毛利の作品。彼らは普段からグループ展に一緒に出品し、しばしば共作も行ってきた。Asian Meeting Festivalの人選でも大友は、日常的な人間関係の延長で企画を行うことの重要性を強調し、コンセプトのみに依拠して出演者の頭数を揃えたような企画の不毛さを指摘していたが、単なる参加作家のグループ展ではなく、文字通りアンサンブルとしてひとつの作品を生み出そうとする展示に彼らを一緒に加えたところに、大友の一貫した姿勢が現れている。彼らに共通するのは、素材の可能性をストイックに探求しようとする姿勢であり、インスタレーションと平面というメディアの差異を措いても、「いまどきの日本の現代美術」のパブリックイメージを代表する、「カイカイキキ」所属作家たち――サブカルチャーの既存アイコンと戯れる手並みがセールスポイントの村上隆門下生たち――とはおよそ対極にある。また彼らは、近年のメディアアートの興隆を尻目にコンピュータ制御には頼らず、ローテクな電気回路にこだわる。毛利は時折ラップトップを使うが、テープレコーダーやファックスで代用可能な使い方にすぎない。このような創作姿勢には彼らなりの信念があるのだろうが、大友はそこに共鳴したわけではなく、屋外での1箇月近い連続展示という過酷な条件下では、YCAMでの展示のようなハイテクには頼れないという現実的な判断が先にあったのだろう。もちろん彼らにとってもこれは容易な条件ではなく、せいぜい梅田は野外ライヴの経験が豊富という程度なのでさまざまな困難が待ち受けていたが、最終的なリスクは大友が負うという条件ゆえ、彼らも安心してチャレンジできたようだ。「責任は俺が取るから無茶をやろう、アイディアは任せた」というやり方も、確かにひとつの共同制作の方法ではある。
大友はインスタレーションに解説は付けない主義で、特にこの展示では主要配線は頭上約10mの金網の上で行われているため、たとえ陽が出ているうちに観察してもメカニズムはよくわからない。ただし、今回の展示の鍵になる電源部分は、梅田哲也個展『迷信の科学』で用いられたものと同じ原理に基づいており、梅田+堀尾の共作。梅田個展では堀尾はタイマーを提供しただけだったが、今回は造形にも関与しており、問題の電源2台は、大友の籠入りオブジェの奥にさりげなく吊るされている。調理器具用の金属籠を外枠に用い、その中に吊った泡立て器や玉杓子に小型モーターを取り付けて動かす。梅田個展での扇風機のフレームを用いた電源装置同様、調理器具と金属籠が触れている時のみ通電する仕組みで、火花を飛ばす代わりに通電時には豆電球が点く。さらに調理器具には風鈴のような短冊を取り付け、風によっても接触は変化する。モーターで回転させた金属と金属枠の接触を電源として用いるという基本的な発想を、梅田は原理を直接的に形にした簡素で丈夫なオブジェとして実現したが、堀尾は遊び心のあるユーモラスなオブジェとして実現する。その反面、モーターの回転軸を調理器具に直付けした構造は明らかに脆く、風の影響も受けるので故障しやすい。実際、展示開始後1週間余りで見に行った時には調理器具は既に籠に固定され、電源のオンオフは目につかない場所に設置された等価回路に委ねられていた。この際、豆電球が明るい発光ダイオードに置き換えられたのは、本質的な変更をリピーターに知らせる合図だったのだろう。
まずは堀尾作品。数日ごとに改良したり新しいオブジェを継ぎ足したりしていたが、むしろ確固とした完成形を持たず、その場の思いつきで形を変え続ける生物のような存在形態が、彼の作品の基本的なイメージなのかもしれない。今回の作品の出発点はおそらく、電源オン時にスピーカーユニットを動かし、その振動で洗面器の水面に波形を浮かび上がらせる発想だったのではないか。すると、洗面器の水を循環させるプロセスがテーマの梅田作品とも対応が付く。だが、ここから逸脱を重ねるのが堀尾流。電源オンオフの周期に合わせて他のオブジェも動かそうと、電源オン時に紐を引き、蝶番式脚立を引き上げる。そこにブリキ缶の糸電話を結ぶと、脚立が高くなった時に糸電話の紐が張って振動が音に変換される。金属製糸電話を音具として用いる発想は、言うまでもなく鈴木昭男のアナラポスに始まるが、スプリングで金属製糸電話を結んで弾いたり擦ったりすれば「楽器」として使えるほどの音量が得られる、という工夫まで頂いているわけではなく、素朴なオマージュに留まっている。金属製糸電話は単独で吊るだけで十分機能することを知ると、さらに数個上空から吊り、風の振動も音に変換しようとする。ただし、糸電話に関心が移ったのは展示の中盤であり、当初の構想では脚立は天井から吊られたモビールの片側に結ばれ、もう一方には金属の錘(最初期は五円玉)が結ばれていた。脚立が上下すると錘が大きく揺れ、センサーの真上を通った時のみ発光する。こちらは、すぐ近くの山川作品へのオマージュなのだろう。いずれにせよ、細い紐のみで金属オブジェの重量を支えた一群の作品は、屋内展示でも1箇月近くは保たないのではないかと危惧させるもので、注意報が出るような強風が吹くたびに大半が薙ぎ倒されていた。
毛利作品も、制作過程で当初のコンセプトが変貌してゆく様子が刻印されているが、完成形が見えてくると作り込みに向かうので、浮遊感と安定感が共存した独特の仕上がりになる。今回の当初のコンセプトは、サウンド・インスタレーションであることに留意し、指向性の強い高音域専用ユニットで再生される鳥の声のような音響と、屋上の床と上空の金網を結ぶ巨大な滑車が発する軋み音を対比させることだったと思われる。だが、野外展示であることを考慮して滑車の動力部分をガラス箱に入れ、その外壁を構造体としてスピーカーユニットを這わせるうちに、おそらく鳥の声が南国を思わせるところからサボテンの鉢をガラス箱に入れ、すると箱内を暖めるために照明を兼ねて白熱灯を入れ、照明を点滅させるために電源を引いたからには音響オブジェの照明版も作り足し、さらにそのオンオフに同期して紐で吊ったビスをガラス箱の外壁で振動させ…と手を広げてゆくことになった。このようなスタンスは堀尾と共通するものがあるが、ガラス箱と滑車という頑丈な構造体をいったん作れば、台風が来てもびくともしない。南国のファンタジックなモティーフをトマソン的な滑車で異化する、おそらく当初の構想とは全く違う地点に辿り着いてしまった時、面白いからこれでOKと決断できるのが才能だ。
最後に梅田作品について。本サイトでは既に梅田の個展『迷信の科学』を詳しく取り上げたが、今回の展示でも最も重要なのは彼のパートだと筆者は捉えている。金属どうしの接点とタイマーを用いて長周期かつ不均一な間隔でオンオフさせた、コンピュータ制御に依らない電源回路で多くのオブジェを動かすという発想自体が彼のものだが、それを作品化する時点で大友の意図を超えた要素を盛り込んでいるからである。まず、展示開始後数日を経たライヴの日に追加制作された簡素なオブジェについて。水を張ったビニールプールに空のペットボトルを浮かべ、この電源とは独立な回路で、水中に圧搾空気を吹き出すポンプと水面を照らす電球が同時に一瞬作動する。金網上空に吊るされたこの回路はメイン電源の簡略版であり、金属籠の中を短冊を下げた金属板が回り、両者が接したら豆電球が点いて床上のオブジェがプシュッ&ピカッ。ライヴの日には子供たちに大受けだったが、回路とオブジェの関係を誰の目にもわかるように提示することで、接点が1個だとこのような単純な動作になるが、接点が複数の籠を2個並べたメイン電源はこれの複雑版、という位置付けが見えてくる。これがなければ、あのオブジェが電源だと気付くのは梅田個展を見た者だけだろう。大友のロマンティックな神秘主義を梅田のモダニズムが乗り越えた。このオブジェは個展での水槽に対応しているが、水面の反映が天井でゆらめく効果は、こちらにも受け継がれている。なお、このオブジェの設置場所は山川が同日に追加制作したギターオブジェと対をなし、この点も抜かりない。
梅田のメイン展示は、毛利のガラス箱とセンターラインを挟んで反対側に置かれた、水泳監視台の上・中・床面に容器を置いて水を循環させるオブジェである。台の中板に置かれた大きな洗面器からポンプで水を汲み出し、陸上競技用コーンの先端に空けた孔を通して上面の小さなバケツに注ぎ入れるのが一番目の動作。水は当然小さなバケツからあふれるが、中板の方が大きいので大部分は大きな洗面器に戻る。このオンオフにメイン電源が使われ、オンの間隔は数分から数十分まで毎回違う周期で、オンの長さも十数秒から数分まで毎回異なる。オンの間はコーン内の電球が点いて勢いよく注ぎ込まれる水の軌跡を照らし、上はバシャバシャ下はポタポタの水音が織りなすサウンドも一期一会。1回動作するごとに水がこぼれるが、オフの時間の方がオンの時間よりも圧倒的に長いので展示中に水を補給する必要はなく、むしろ水量の変化がサウンドのさらなる変化を生む。もうひとつの動作は、これとは独立な周期で床面の洗面器から水を吸い上げ、上空に吊られたポリタンクに流し込む。『迷信の科学』の鹿威し風オブジェが思い出されるが、やはり同様に水が十分溜まるとその重みでポリタンクがシュルシュルと降りてくる。紐は上空の金網を伝って伊東のオブジェの反対側にあるバスケットゴールまで伸び、反対側に吊られているのは錘とバスケットボールを入れたブリキのバケツ。バケツが上がってゆくとボールはゴールを通過する。汲み出しはしばらく続くが、タンクは観客の顔の高さ以上は降りない。やがてポンプが止まると、タンク内の水は塩ビ管を通じてゆっくりと洗面器内に戻り、残すところ10数cmになるとバケツの重みに負けて跳ね上がる。今度はドスンと落ちるバケツ、その落下先は懐かしい秤式の体重計。
この一連の動きとそれに伴う照明の処理に、梅田の構想の確かさが見える。バケツが急速に落ちるのは、軽くなったタンクよりもバケツの方が重くなっても静止摩擦力で動かなかったから。いったん落ち始めるとその速度は自由落下に近い。このバケツが観客に当たると危険なので、バケツの中には常時明るい電球を入れ、体重計も置いて二重に真下に人が来ないようにしている。体重計の目盛りは随時変化するが、目盛りがゼロ、すなわちタンクとバケツの重さが釣り合ったらすぐバケツは上がり始める。こちらはゆっくり、差し引きの重量が降りてくるだけなので、ぼんやり赤く光るタンクが急に目の前に現れる驚きを優先している。昇降はあっという間だがその間の待ち時間は十数分。タンク側はオブジェ上側の水の循環に加え、タンクと洗面器の水の行き来でも微かな水音が発生し、タンクに水を吸い上げている間は電球が床の洗面器を照らすので、イヴェントが豊富で飽きない。しかしバケツ側は昇降の瞬間以外は何も起こらないので、体重計の目盛りが動くおかげで辛うじて時間が潰せる。いらち(せっかち)な大阪人は信号待ちが苦痛なので、いち早くカウントダウン式信号機を導入したという逸話は有名だが、その地域性を彷彿とさせる見事な時間管理である。
では、冒頭で触れた未完成の謎オブジェは何だったのか? 展示終了の数日前、台風で電源2個のひとつが壊れた雨中の展示を眺めた時に、雄大な構想を幻視することができた。多数のオブジェがばらばらな周期で、個々の生命を持っているかのように明滅する空間というイメージは、この故障で崩れ去った。このような動作は、独立な2系統の周期をさまざまに重ね合わせることで初めて可能になる。1個の電源で可能なのは、数種類の単純な周期(数分・十数分・数十分)を生み出すことのみ。これは例えば、大友のある金属籠入りオブジェの照明の点灯と堀尾の洗面器オブジェの振動開始が同期するようになったことでわかった。梅田のオブジェ上半分の水の循環も数十分周期でオンオフが交代するようになり、最後には水が涸れそうになったが、タンクとバケツの昇降や毛利の滑車の動きに変化はない。これらの大仕掛けは、電源の単純な周期そのもので動かされていた。それならば、梅田の未完成オブジェ――ゴールネットの中身をバケツの水の出し入れで昇降させるものだろう――は、この日壊れた方の電源の基本周期で動かすことを意図していたのではないか。こちらの紐は会場の入口から梅田のメインオブジェ後方に、タンクとバケツを結ぶ紐とは垂直に伸びている。展示の心臓部の基本の鼓動を、互いに直交するダイナミックな運動の周期に埋め込む! たとえ筆者の妄想にすぎないとしても、傍目には雨中のうら寂しいガラクタの山の中で、かくも鮮やかなコンセプトの啓示を与えてくれるものこそ「芸術」の名にふさわしい。
最後に、メイン展示全体を振り返る。全体的に質が高く、単純な比較はできないが、筆者にとってはYCAMでの展示をはるかに上回る充実感が得られた。唯一物足りなかったのが〈with records〉。大友のこれに類するコンセプチュアルな展示としては1997年の〈摩滅する記憶〉があるが、あちらではほぼ全工程を大友ひとりで行い、LP本来の大量複製品としての性格も残されていた。録音/加工/展示/商品化の各工程が互いを疎外する今回のコンセプトでは、各工程を分担した結果、 "Ensembles" の理念とは正反対の結果に至ってしまった。端的に言えば、展示会場で尾関の切り絵を鑑賞し、グスタフソンの音源をCD化したものを聴いた時に得られたはずの感銘に、この展示とCDの組み合わせは及ばなかった。とは言え、この作品のコンセプトは〈without records〉を反転させたものであり、そちらが素晴らしかったことのトレードオフと納得すべきなのかもしれない。YCAMの展示ではまだ「いかにもインスタレーション」な臭いが強かった〈without records〉だが、コンパクトな空間に凝縮した今回の展示は、「音楽装置」というサブタイトルにふさわしい有機的な連続性を獲得した。アート慣れした耳には、この作品のエンターテインメント性(既存のコードで読み解ける安定した意味性、端的に言えば「コンピュータ制御されたターンテーブルによるONJO」)が見えてしまうが、それは決して終着点ではなく、むしろ作品の意味を探り続けることに飽いた精神が見せる幻影である。この作品が「その先」を獲得したのは、照明という新たな次元が加わったことが大きく、 "Ensembles" の理念がここでも実を結んだ。
そして、〈休符だらけの音楽装置〉に関してはもはや繰り返す必要はないだろう。敷居は子供でも楽しめるくらい低く(特に梅田作品と山川作品、堀尾・毛利・伊東作品もそれぞれに親しみやすいポイントを持っている)、だが掘り下げ始めると限りなく深い。このような作品の前で娯楽/芸術の二元論は意味を失うが、これこそ「芸術」のあるべき姿だとも思う。YCAMでの展示や今回の他の展示と比べても大友の存在感は一見希薄だったが、「だからこそ成果が出た」わけでは決してない。人選を行い、基本的な方向性を示し、財源を保証したら黒子に徹するのはオーガナイザーの理想的なあり方である。複雑なインスタレーションを屋外で長期展示し、山川と梅田のような一見相容れない作風の持ち主が共同作業を行う無謀な企画は、大友でなければ立てられなかった。もはや自作は出品せず、監修に徹するという選択もあっただろうが、キュレーターという特権的な地位に収まらず、自らも一参加者であり続ける形態が、"Ensembles" の理念には相応しいのだろう。なお、まだ日程等は公式には発表されていないが、2010年の後半に、水戸芸術館を中心に次回Ensembles展が行われることは、大友自身や学芸員のblogで既にアナウンスされている。今回の達成をいかに継承するのか、今回以上に大友の名前に頼らない形での開催は可能なのか、といった点に注目して楽しみに待ちたい。また、今回の会期の終盤には水戸と大垣で、各々パレードと空間配置という形で、一般公募アンサンブルによる市街演奏が試みられた。大垣での演奏を一言でまとめると、ひとりの指揮者で制御可能な市街地での集団即興の限界を見極める試行だったが、むしろ規模を拡大するほど豊かな音楽が得られそうな感触があった。こちらの展開も期待して待ちたい。
(註) 一楽儀光、Sachiko MとのトリオI.S.O.、Sachiko M、アクセル・ドナー、マーティン・ブランドルマイヤーとのカルテット、歌ものプロジェクトInvisible Songsなど、不定期に活動を続けているユニットはいくつかあるが、定期的活動と言えるのはこれだけだろう。大友の意識の中ではFENが大きな位置を占めていることは特筆しておきたい。
P.S.: 本稿の暫定版には、筆者が足を運べなかった〈hands〉展の記述を中心に、いくつかの事実誤認があった。誤認の再生産を避けるためハイパーリンクは張らないが、証拠隠滅の意図もないので、以下のURLに暫定版を保存してある:http://www.web-cri.com/review/old_version/misc_ensembles09_v00.htm
(c) 2010 Yoshihiko NONOMURA