大友良英Ensembles展@山口情報芸術センター (YCAM) |
野々村 禎彦 |
パートナーのSachiko Mが "I'm Here" でサウンドインスタレーションに踏み込み、梅田哲也の活動からも刺激を受けてきた大友良英は、2005年に京都・shin-biで制作した "without records" でサウンドインスタレーション制作を始めた。ポータブルレコードプレイヤーを集め、レコードを乗せずに回転させてプレイヤー固有の音響を響かせるという、ここ10年のターンテーブル演奏をインスタレーション化した内容。最初は16台を同じ高さの台に並べた慎ましやかな展示だったが、2007年1月にせんだいメディアテークで青山泰知と共作した際には、66台のプレイヤーを会場内に散在させて台の高さにも変化をつけた、美術展示らしい外観になってきた。YCAMはこれを受けて全館を使った個展を大友に委嘱し、本稿でレビューする展覧会に至った。なお、筆者が訪れた日にはライヴも行われたが、展示と関連する第1部 "Otomorchestra" のみ本稿では簡単に触れ、第2部 "Musics" はONJOのここ1年の変遷をまとめた別稿で扱う。
まずは、今回の展示の出発点になった "without records" から。大友と青山の共作という基本路線は仙台での展示と変わらないが、再制作ではなく現場で一から作り、プレイヤーの台数も増えて100台を超えた。会場2階へと向かう大階段前の広場に膝の高さから頭の上まで、台の高さに大きく変化をつけて並べるだけでは足らず、階段の裏側や踊り場や上りきった2階正面にも所狭しと並べられている。この台数をふたりで調整して並べたわけではもちろんなく、ボランティア数十名を募集してワークショップを開いた。ひとり数台ずつ担当して最も良く響くポイントを探し、その状態が続くようにプラスチック片などでアームを固定するというプロセスを経ている。仙台の展示ではプレイヤーを数ブロックに分け、交替で稼働させていたというが、それでも2週間の会期中に故障が出始めた。今回の会期は3ヶ月を超えるので、その程度の頻度では機械が保たない。そこでYCAMのスタッフと共同で、コンピュータ制御で全プレイヤーを独立に、少しずつ動かすシステムを構築した。動きの密度は、一度に動作するのは平均1〜2台、無音の時間も結構長く、数十台が一斉に動き出すスペクタクルな瞬間は、10分に1回程度の間隔で訪れる。
仙台の展示はYoutube上の映像を見ただけなので公平な比較はできないが、音響的には今回の展示とは別物と言ってよいだろう。仙台の展示では終始一定のノイズが鳴り続けており、多様で異様な音響があちこちから聴こえてこない限り感覚は麻痺してしまう。アームがプラスティック枠で上下してターンテーブルに打ち付けられ、さまざまなリズムが刻まれるように細工したプレイヤーが多いのはそのためだろう。常に多数のプレイヤーが一斉に動く光景は視覚的には面白い。これに対して今回の展示では、静寂の中からプレイヤーの動作音が立ち上がる瞬間が聴きもの。会場のあちらこちらから残響をまとって届く音の軌跡を追いかけることが聴取の中心になる。アームが打ち付けられるリズムではなく、モーターの振動とプレイヤーのボディが共鳴する持続音を中心に据えているのも、この音環境と合致している。散発的なかそけき響きに耳がチューニングされるので、一斉に動き始めた時のインパクトは、常に多数のプレイヤーが動いている時よりもはるかに大きい。かたや「ノイズ」、かたや「音響的即興」の似姿として制作されたことは明白だ。
さらに会期の半ばから、2階の他の展示とは階段を挟んで反対側のスペースに、 "hyper wr player" というインスタレーションが加わった。レコードを乗せないプレイヤー固有の音響を聴かせる点は変わらないが、今度はDJプレイに使われるダイレクトドライブのターンテーブルに4台のアームを取り付け、回転とアームの動作もプログラミングして、出力は3台のモニターとサブウーファーから、というアップグレード版である。だが、この作品には全く興味を惹かれなかった。確かに音響はハイファイで、同じ階のトイレの中でも低音が体に響いてくるほどだが、それが何だというのか? アーム4台も一斉に動いて単純なリズムパターンを刻むのみ。大友のターンテーブル演奏のような予想外のイヴェントもなく、凡庸なヒップホップのバックトラックを聴くのとさして変わらない。大友のプレイをmidi信号化してアームやターンテーブルを動かせば興味深い瞬間は容易に得られたはずで、この凡庸さは意図的なものだろう。 "without records" は機材をハイファイにすればさらに面白くなるわけではなく、壊れかけたプレイヤーのローファイな音響だからこそ面白いと示すために、教育的な意図でこのオブジェを制作したのではないか。
次は "filaments" に触れたい。 "without records" がレコードを用いない近年の大友のターンテーブル演奏から生まれたように、本作はSachiko Mと大友のデュオユニットFilamentの音楽から生まれた。ただし、 "without records" の音響自体は大友のプレイとは別物だったのとは対照的に、ここではFilamentの音源がそのまま用いられている。スペースはYCAMに隣接した山口市立中央図書館。展覧会関連図書として高柳昌行、佐々木敦、大谷能生らの著作や大友が寄稿した雑誌のバックナンバーを並べた特設書架を準備できるくらい蔵書も充実しているが、バレーボールの公式戦も可能な広さの体育館に開架書架を並べたような作り(天井が高い吹き抜け1室)は壮観。入口部分はYCAMにはめ込まれた構造になっており、YCAMの2階スタジオと職員スペースを結ぶ渡り廊下は図書館を貫いて通っている。大友はこの構造を利用し、館内に置かれたスピーカーからの再生音を、閉館後に渡り廊下で聴くインスタレーションを発案した。なお、この作品は大友主導だが、Filamentというユニット自体はSachiko Mの音楽性がベースになっている。 "Filament [大友良英+Sachiko M]" という本作のクレジットは誤解を招きそうで気がかりだ。
正弦波発振音とターンテーブルのフィードバックは書架の奥から再生され、距離感と豊かな残響を伴って響く。他方、正弦波発振器の立ち上がりノイズと空のターンテーブルを針でなぞるノイズは渡り廊下付近から再生され、直接音が耳を刺す。Filamentの音楽はエレクトロニクス主体だが、なまじのアコースティック音楽以上に空間の広がりと残響が不可欠である。《29092000》や《Filament BOX》に収録された優れたライヴの記録は、軒並み教会や天井の高いホールでの演奏だった。広い空間の音響特性を利用しているとは言っても、これだけでインスタレーションを標榜するのはおこがましい。そこで書架上の十数箇所に白色LEDを設置し、音源再生とは無関係に数分周期で明滅させた。LEDは陽が落ちないと見えない程度の輝度で、平日は閉館後の19時から展示が始まるのはちょうど良いタイミングである。 "without records" は2〜3分眺めるだけでも制作意図の一端は掴めるが、本作はひとつのLEDが輝き始め、ピーク輝度に達して暗くなってゆき、点灯状態と同程度の時間消灯して再び明るくなる、このプロセスが各LEDで異なる周期で起こっていることが了解できるまで、20〜30分は眺めることになる。これはFilamentの標準的な演奏時間に他ならず、ライヴでは会場の閉鎖性と演奏の一回性によって作られる時間枠を、インスタレーションの内的必然から生み出す仕掛けは味わい深い。
2階にはもう1点、 "quartets" が9月23日まで展示されている。大友(ギター、ターンテーブル)、Sachiko M(正弦波発振器)、アクセル・ドナー(トランペット)、マーティン・ブランドルマイヤー(打楽器)のユニットと、ジム・オルーク(ギター、アナログシンセ)、カヒミ・カリィ(ヴォーカル)、石川高(笙)、一楽儀光(打楽器)の臨時編成ユニット(いずれの音楽家も、大友とは縁が深い)の2組のカルテットの演奏を収録し、音楽家ごとにほぼ等身大のシルエットをスタジオ中央のホワイトキューブに映写する。音響はシルエットと同期し、シルエットの位置に音像があるように再生されるが、同時に2面以上見ることはできない。8名の各数テイク(大友とオルークは楽器も2種類)の映像が各面にランダムに映写される。各音楽家の演奏開始から終了までの流れは一定だが、映写休止時間が各面ごとに異なるため元々の四重奏の痕跡は展示には残っていない。しかも各面に複数の音楽家(筆者が観た範囲では最大3名まで)が同時に映写されたり、同じ音楽家が同時に複数の面に映写されることもあるので、「四重奏」というコンセプトは形骸化している。全部の面に音楽家が映写されるのは実は稀なイヴェントで、無音ないしソロの時間の方がむしろ長い。
音響的には、10種類数テイクの音源の偶然のアンサンブル(計3時間ほど観察した範囲では、出現頻度は音楽家ごとに均一で、大友とオルークは2種類あるので倍ということはなかった)という表現で尽くされるが、インスタレーションとしてはさらなる仕掛けがある。スタジオの各壁面に、向かい合うホワイトキューブの面に映写されている音響と同期した映像が映写される。石川なら弦の振動、カヒミならコロイド粒子の運動というように、自然の事物が運動する様子で統一され、音響ごとに固定されている。オブジェをリアルタイムで動かして映写しているわけではない。複数の音楽家がひとつの面に映写されている場合には、ある瞬間にはひとりの映像が選ばれ、ランダムに(だがせわしなさは感じさせない間隔で)入れ替わる。従って、音楽家のシルエットと背後の映像を合わせて眺めれば、視覚的な四重奏は一応成立していることになる。大友の仕事は大枠の発想と各音楽家のブッキング、音響は各音楽家の即興(クレジットは大友の「コンポジション」となっているが、古典的な意味での作曲ではなく成り行きの指定だろう)、ホワイトキューブの映像を木村友紀(固定カメラではなく、アングルを頻繁に変える即興的撮影)、外壁の映像をベネディクト・ドリュー、プログラミングなどの技術面を平川紀道が分担した「アンサンブル」である。
ここからが、この展覧会の主眼である集団制作の成果ということになるが、筆者には不満の残る仕上がりだった。この形態では、カルテット2組を母体にした設定が全く生きていない。ヴァーチャルなカルテットとしてのリアリティを持たない、演奏風景を素材にしたインスタレーションに留まっている。少なくとも、同じ音楽家を複数の面に同時映写しない禁則処理は必要だし、ひとつの面に複数の音楽家を映写する仕掛けもなくもがな。抽象的な映像の投影も、日本の即興音楽の現場ではササキヒデアキ以来普通に行われており新味はない(毎回違う映像がリアルタイム生成されるならまだしも)。背面の壁は、オリジナルのカルテットが揃った時の特別イヴェント用に取っておけばよかったのではないか。カルテット2組という設定は形式的なもので、実際はすべての映像をソロ収録しているとはいえ。
そして最後に、この展覧会のメイン展示 "orchestras" について。このインスタレーションのみ会期の半ばから展示が始まり、オープニング/クロージングに匹敵するイヴェントとして公開初日にライヴが企画され、共作者の高嶺格は大友と並ぶこの展覧会の顔として、開催前からトークや雑誌記事に顔を出していたことが頷ける作品だった。聴衆数百人規模のライヴが可能な大スタジオ(「音響家が選ぶ優良ホール100選」にも、中国地方から唯一選ばれている)一面を覆うオブジェを制作し、地下スペースにも同等の規模の迷路のような展示を仕込み、コンピュータ制御された光の軌跡と連動する1周約40分の音響を準備し、約70台のスピーカーを用いて3次元的な音場を作り出すには、これ以外のすべての展示と同等の準備期間が必要だった。他の展示は、大友の音楽的発想に由来する基本プランに、美術作家とスタッフが実際的なアイディアを加えて作品として完成させている。これに対してこの作品では、高嶺の空間デザインがまず中心に存在し、そこに大友が音楽を付けるのが基本構造である。ただし、オブジェにも大友の発想は反映されており、特に地下の展示には明瞭に見て取れる。
スタジオに足を踏み入れると、場内の暗さにまず驚かされる。シルエットを映写するために照明を落としていた "quartets" でも足元に不安を感じるほどではなかったが、この展示はそうなのだ。しかも、光の軌跡をよく眺めようと、床に寝転がって鑑賞している客が多い。すかさずスタッフが駆け寄って、足元を懐中電灯で照らしてくれる。最初は地下の展示に案内されるが、目慣らしにもこの順序が妥当だ。入口の小部屋で注意事項の簡単な説明を受けた後、一方通行の通路に入ってゆく。「記憶の貯蔵庫」としての廃材を集めたインスタレーションで、廃校になった学校が主要供給源であることは、落書きだらけの木材や、足踏みオルガンなどの楽器の種類から窺えるが、その中に大友が描いたマンガ(注1)も混じっているのが微笑ましい。展示されている楽器で客が音を出すこともできるが、数の上で多いのは公募して集めた廃ギター。これらは壁面にしっかり固定され、上階の音響と同期して約40分間に一度、共鳴して大音量のノイズを奏でる。大音量注意と但し書きのある、ドラム缶に近づくとセンサーが作動して内壁を叩く可愛らしいオブジェもあったが、音量はそれよりもはるかに大きい。基本の照明は白色灯の間接照明だが、廃業したスナックから持ってきたと思しき安っぽい豆電球やLEDがあちこちに下がり、大友が「アングラ秘宝館」と形容していた雰囲気が醸し出されている。ギターがフィードバックしている時にはミラーボウルも回り、ますます怪しい雰囲気になる。
このような高嶺の世界に、大友もいくつかのオブジェを持ち込んだ。独自の発想と言うよりは、彼が過去に関わり、影響を受けてきたインスタレーションの借用である。まず、床と壁面下部に大量に貼り付けられた廃レコードの山。ターンテーブル奏者なら自然な発想ではあるが、クリスチャン・マークレイのインスタレーションが土台にあることは疑いない。次は、特製のワイヤレスヘッドホンを付け、電気信号を発するワイヤに触ってランダムに再生される歌を聴く仕掛け。カヒミ・カリィ、浜田真理子、山本精一ら、Invisible Songsプロジェクトに参加している歌手の声がまず耳につくが、素人の老若男女も多数含まれ、NHKのど自慢とそのゲストを思わせるバランス。そのワイヤが張られている箱の奥には、小学生が描いた作曲家の肖像(ロマン派の渋めの作曲家が多い:山口経済新聞の記事参照)が貼られている。この仕掛けは、飴屋法水の『バ ング ント展』(注2) に大友が参加した際に制作されたものと基本的には同じである。もうひとつは地下スペースの出口近くに置かれた、回転するターンテーブル上に置かれた音叉とスネアドラムを叩いて、ドップラー効果を伴う共鳴を聴くオブジェ。ギターのフィードバック同様、音響は地上スペースにも届き、プログラムされた音響へのアクセントになっている。
楽器から看板や家電製品まで、日常的廃材を天井近くに吊るしたオブジェが白色光の間接照明に浮かぶ幕間は2分足らずで終わり、明かりが落ちて約40分のショーが始まる。低音弦と金管楽器の持続音が天井の各所からゆったりと降り注ぎ、やがて一面の囁き声に変わる。こちらは暗闇の中、スタッフが歩き回って耳元で囁いているのではないかと思うくらいリアルな音質。約70台のスピーカーを細かく調整して作り上げた音場は生半可なものではない。さらに囁き声が電話での会話に変化し、音量が上がるとともに定位も耳元から離れてゆくと、スポットライトが中央のステージに当たり、コンピュータ制御された5枚のミラーが動き始める。光を高速で動かすには、反射光をミラーで制御するのが都合良い。光を直接投射して光源を動かす場合に比べて首を振る角度が半分で済む(その分高速化でき、2ヶ月近く常時稼働させる装置の機械的負荷は少ないほど良い)ことに加え、光源をひとつ増やすごとに輝点がミラーの枚数分増えるのも効率的だ。今回の展示では主光源を4個の副光源で囲み、状況に応じてオンオフしていた。しだいに音響の主役はギターに移り、爪弾きから徐々に盛り上がってくると、それに同期して地下ブースの廃ギターのフィードバックが始まる。それが収まったところで、天井のオブジェが白色光で照らされて一息。ここが全体の折り返し点にあたる。
再び照明が落ちると、ホワイトノイズ系電子音に楽器も加わり、徐々に音圧が高まってゆく強靭な音響に包み込まれる。ここまで来ると、このインスタレーションにおける音響のリファレンスは明白だ。大阪万博のインスターレンション的な展示のために作られた、湯浅譲二《スペース・プロジェクションのための音楽》や〈テレフォノパシイ〉(《ヴォイセス・カミング》第1曲)である。ただし大友は湯浅のように、聴き手を強引に超越体験に引きずり込むところまでは行かない。この日のライヴにも出演した小川紀美代のバンドネオンソロでこの音響は断ち切られる。奏者の息遣いまで聴こえてきそうなリアルな定位で床をゆっくり這い回った後、天井を気紛れに彷徨っていた輝点が集まってゆく箇所を目がけて舞い上がり、消えてゆく。これと入れ替わるようにオルガンを思わせる荘厳な持続音が空間を覆い尽くし、ひとつになった輝点が子午線上をゆったりと往復する。絵に描いたような「崇高」の表現だが、新たに入場した客の足音や話し声、あるいは地下スペースの音叉の音なども聴こえてくるおかげで鼻白む思いには至らない。輝点の往復運動には催眠効果があり、徐々に睡魔が襲ってくるが、その時天井に閃光が走り、照明が明滅する中で数十種類のドラムの音像が高速で回転し始めると、天井の輝点も再び散り、思い思いの速度で蛇がのたうつように動き始める。何とわかりやすいクライマックス! 軽快に動くアンサンブルの中に、同じ場所で金属板をガンガン叩くような音(注3)も混ざっているのがアクセントになっている。最後に照明が落ちると、この音と光のアンサンブルも止み、一楽まどかのグロッケンシュピールによる〈スターダスト〉が彼方から聴こえてきて、フェードアウトしたところで客電が点いた。
この作品はとにかく「わかりやすい」。 "without records" や "filaments" のように作品の意図を問い直すことも、 "quartets" のように素材となった音楽様式への慣れも求められていない。一般的な意味では聴き慣れない音響はアクセントに留まり、日常的に聴き慣れた音楽/音響が、あくまで日常を超えない範囲で情動を揺り動かす。大空間や地下スペースという仕掛けは、見世物小屋と同程度の、カウチポテトでは味わえないという意味での「非日常性」であり、エンターテインメントのスパイスとして有効に機能している。これは決して批判ではない。対象を絞り込んで超越体験に導く「芸術」は、ある意味では計算しやすい。山口市の中心街と湯田温泉街から徒歩10分足らず、平日も夜8時まで開館している会場の無料展示に、散歩がてらふらっと立ち寄る不特定多数の客を満足させ、かつ遠方から飛行機や新幹線で訪れる好事家をも失望させない「娯楽」こそ難しい。大友がNew Jazzプロジェクトを始める動機にもなった見果てぬ夢は、本作でようやく達成されたのではないか。
今回の展示は、大友の音楽世界の全体像の、見通しのよい総括にもなっている。 "without records" はターンテーブルソロ。個人的ヴィジョンを展開しているだけに、多くのボランティアを迎えた共同制作という形態でも作者の意図が十分に発揮されている。3度目の制作でコンセプトも十分固まり、インスタレーションの代表作のひとつとして今後も内外で再演されてゆくだろう。ここまでは規模が拡大する一方だったので、規模を縮小しても密度を損ねない手法を確立した時、この作品は「完成」したことになるはずだ。 "filaments" はパートナーSachiko MとのデュオユニットFilamentの本質を取り出すことに成功した。今後は、ユニットの音楽性の変化に伴って録音部分を入れ替えることはあっても、インスタレーションの骨格は変わらないだろう。ソフトウェアはコンパクト、ハードウェアとインターフェースも汎用性が高いが、展示にふさわしい空間を確保することが再演のハードルになりそうだ。 "quartets" は、大友の日常的な活動の中核をなす、少人数セッション(演奏及び企画)のモデルケース。厳しい評価をしたが、基本コンセプトや収録した映像の問題ではなく、再演時にソフトウェアをアップデートすれば解決できる水準の問題だと思う。作品の心臓部はコンセプトとデジタルデータとソフトウェアであり、場に応じた柔軟な調整が可能なので、再演の可能性は最も高いのではないか。その中で "without records" のように完成度を高めてほしい。 "orchestras" は、文字通りオーケストラ。非日常的な一期一会の出会いの記録(例えば、大友と高嶺は今回の共作が初対面であり、音響素材の大半もデジタルデータの公募という形で集められた)であり、再演は念頭にない。今回の作品が作り込まれたエンターテインメントという形態になったのは、十分な準備期間を経た地方都市での無料展示という条件が前提にあり、東京のような大都市での展示、あるいは準備期間や意志の疎通に限界のある国際共同制作ならば、おのずと違う形態になっただろう。
この展覧会が、大友の創作史の重要な転換点になることは疑いない。Ground-0(後にGround-Zeroと改称)結成、《山下毅雄を斬る》制作に次ぐ、3回目の転換である。1回目はサポートメンバー「ノイズの大友君」としてではなく自らの足で歩き始めた時、2回目は「音響派」という絶対零度体験を経て、自らの過去に正面から向き合い始めた時。そして今回は、Ground-Zero解散時のようにいったん過去を清算するのではなく、すべての過去を保ったままで、仲間内のネットワークを超えて不特定多数とのネットワークに向かう契機になった。本サイトで取り上げた、一般公募アンサンブルのための《Grid》や、ライヴを重ねるごとに開かれた形態に向かうONJO(ここ1年は、毎回違う臨時メンバーを加えてライヴを行っている)の方向性の帰結ではあるが、YCAMのスタッフ名を作品ごとに役割分担とともにクレジットし、 "orchestras" への音源提供者と "without records" "orchestras" の制作ボランティア全員の名前もクレジットする風通しの良い運営は、 "Ensembles" という展覧会タイトルにふさわしい。ただし、多くの音楽家(夜にライヴを控えたONJOメンバーも含まれるが、多数を占めるのはそれ以外の音楽家)を集め、会場内で自由に音を出すイヴェントを "Otomorchestra" と名付けたことにはいささか疑問を感じた。インスタレーション制作の合間に大友が企画した、地元の子供を集めた即興ワークショップの参加者をステージに上げ、大友の仕切りで行われた演奏をそう呼ぶ分には違和感はないが、ケージのミュジサーカスのような歴史性やゾーンのゲームピースのようなルールを持たない状況でプロの音楽家たちの自由な演奏をそう呼ぶことは、「カリスマによる支配」と受け取られてもしかたないのではないか。ただし、2007年12月に同様のアンサンブルをお台場・日本科学未来館でのONJOライヴに先立って組織した時には、これに類する呼称は用いられていなかった。今回のネーミングが、例えば公的機関からの旅費支給といった、便宜的な目的のためのものならよいのだが…
最後に、この展覧会の総合的な評価であるが、メディアアートの展覧会としては総じて画期的な達成だと思う。従来の美術や音楽との差別化ばかりが先に立った、アートとしての内実が空洞化した多くの作品とは一線を画しながら、メディアアートの特質も放棄されてはいない。近藤譲は劇伴やオペラにふさわしいのは "music minus one"、すなわち単体で聴くには物足りない音楽だと語っていたが、ここでの大友は、映画音楽の経験を生かしてそれを実践したわけでもない。彼が行ったのは、まずアンサンブルのライヴ演奏にふさわしい音楽を準備し、それをインスタレーションとして提示するギャップを埋めるために、コンピュータを全面的に活用することだった。 "without records" は、大谷能生言うところの「貧しい音楽」が、空間性をまとって緩やかなネットワークを築く中から立ち上がる豊かさという、「音響的即興」の最良の部分をリアライズした。 "filaments" は、Filamentのライヴの崇高さの源泉は音楽家の存在自体ではなく、音響への極度の集中を誘う環境にあることを、ミニマルな仕掛けで実証した。 "quartets" もこれらに匹敵する可能性を秘めていたが、「ライヴ感の付与」とは異なる方向に向かい、「よくあるメディアアート」に落ち着いてしまった。逆にこの作品は、プログラムを変更した再演で「化ける」ことが期待される。 "orchestras" は、発想自体は古典的なミクストメディア作品(松本俊夫+湯浅譲二『スペース・プロジェクション・アコ』という先達がある)だが、今日の技術水準で初めて達成可能な面白さはまだ残っていることを示した。
大友のライヴにしばしば通っていれば、この水準の感興に出会う機会はさほど稀ではない。それをインスタレーションで実現したことをどこまで評価するか。彼のこの展覧会への自己評価は非常に高い(『JAMJAM日記』は告知を兼ねたblogなので元々自己評価は高めだが、それを差し引いてもなお)が、これはステージに上がる当人はライヴを聴けないからだろう。ドルフィーを敬愛する彼だが、「音楽は終わるやいなや虚空に消え、二度と取り戻せない」(注4) から良いとは決して思っていないということだ。この展覧会には「未知への挑戦」はない。むしろ、日常的なツールを異化する白南準のスタンスからメディアアートの興隆が始まったことを忘れ、ITブームに乗って「未知」を安売りしてきたメディアアートの来し方を見直す機会として、この展覧会は有効に機能するのではないか。時流に乗ったインタラクティヴ音楽の死屍累々たる状況を尻目に、ミュジック・コンクレートの地道な(しかし、同時代の音楽状況を的確に見据えた)探求を続けてきたフェラーリのみが、20世紀最後の四半世紀に電子音楽の分野で豊かな稔りを手にしたように。ただし、この展示では色彩への禁欲が徹底されている点は注目すべきだろう。暗闇に白色LEDが浮かぶ "filements" を筆頭に、ホワイトキューブに黒いシルエットが映写され、背景の映像も薄暗くくすんだ "quartets"、レコードプレイヤーの胴体は原色でも、それを固定する鈍い金属色の台と、配線を保護する白テープの他には照明などのこれ見よがしな要素は含まれない "without records"、寒色系の色褪せた廃材を白色光で照らす "orchestras"。一作だけなら「華がない」で片付けられそうだが、これだけ数が揃うと「主役は音響なので余計な色付けはしたくない」というメッセージになる。一見、古典的なミクストメディアを思わせる作品でも、極彩色の光の束やレーザー光線が乱舞するサイケデリックな空間に向かわず、抑制された音響の質で勝負する姿勢に、このインスタレーションの今日性が刻印されている。
(注1) このマンガは、展覧会の公式blogで連載されていた。大友は、川端稔や倉地久美夫のように同人誌を作るほどマンガを描いているわけではないが、オリジナルのゲームピースでは演奏指示カードを自ら描いており、彼に絵心があることは年季の入ったファンなら知っている。
(注2) 2005年7〜8月、飴屋法水が六本木・P-Houseで行った展覧会。飴屋は会期中、会場内に設置した外界と遮断された小屋の中で、栄養ドリンクのみで過ごすというのが基本コンセプト。「バ(ニシ)ング(ポイ)ント」というタイトル通り主役が消失した状態を保ち、オープニングパーティも小屋の中で迎える徹底ぶり。椹木野衣は永井豪『デビルマン』(言うまでもなく、人類が自滅的に消失点へ向かう物語である)のテキストを、展覧会タイトル同様一部の文字を消して壁にプリントし、大友は文字が消えた部分に電極をはめ込み、特製ワイヤレスヘッドホンを付けてこの電極に触った時のみ音楽が聴こえる仕掛けで参加した。 ”orchestras” のクレジットには、ミラー回りを担当した小西小多郎、クワクボリョウタと並んで、この展覧会でもヘッドホン回りを担当した金築浩史の名前がある。
(注3) 実際、ロボットに取り付けた装置で廃材を叩いていたのだという。ただし、今回の展示に使われたスピーカーの解像度ならばこのような音響も十分再生できてしまう。ロボット作動時にスポットライトを当てるなど、もう一工夫ほしかった。
(注4) ドルフィーの最後のステージを記録した《Last Date》は彼の言葉で終わる: ”When you hear music, after it's over, it's gone in the air. You can never capture it again.”
(c) 2008 Yoshihiko NONOMURA