Expanded Cinema: Film Environments |
足立 智美 |
ドルトムント市の郊外にあるPhoenixHalleは鉄鋼大手のPhoenix社の倒産の後、工場建物を利用したアーティスト・イニシアティヴの施設。ドルトムントではこの種の施設は筆者が滞在しているKünstlerhaus Dortmundについで2番目になる。工場跡地の巨大な空間を利用したホールや展示場はルール工業地帯全体の経済沈下にともなってこの地方では次々と出現している。不要になった不動産がアートに向けられるところが、国情の違いである。
9月は毎週末に"Expanded Cinema"と題して、ロンドンからキュレーターのMark Webberを招いてプロジェクションにインスタレーションやパフォーマンスの要素を含んだフィルム作品が上映された。そのうち9月24日の"Film Environments"の回をリポートする。その名の通り、フィルムを用いてある環境を作り出そうといういくつかの試み。
回顧的な傾向の強いプログラムで、最初は1971年にアムステルダムのギャラリー展示のために作られたBeverly & Tony Conradの"Four Square"。4面に張られたスクリーンと4チャンネルのサウンドによる20分のマルチ・プロジェクション作品。Tony Conrad自身の解説によれば"The Flicker"(名作!)の系譜をひき、観客に4面からフリッカーを浴びせて空間感覚を変容させることを目的としている。といっても映像自体は鮮やかな色面がゆったり変わるプロセスがメインで、50人ほどの観客にはフリッカーはさほど効果的とは思えなかった。むしろ興味深かったのは音響の方で、主にシンセサイザーで作られたと思われる響きはラ=モンテ・ヤング的なドローンというよりテュードアを思わせる輪郭のはっきりした響きで、Tony Conradのドローン・ミュージックのアーティキュレーションを強調したものに思えた。むしろこの音に4面からかき回される効果の方が大きかっただろう。
次は1975年のLis Rhodes "Light Music"。向かい合う2つの壁に映写される2チャンネルの作品で、このタイトルが意味するのは、映像とオプティカル・サウンドトラックに同じフィルムを使うということにある。したがって映像と音楽は物資的な意味で完全に同じものである。アイデアとしてはヴィデオとオーディオを同じ信号で扱うnotoの"telefunken"を先取りしており、しかも映像自体も白黒の縞模様で全く同じといってもよい。しかしRhodesは例えば音階を忍び込ませるなどして、その関係性を知覚しやすいようにしている。また単純にサウンドトラックを映写しているわけでもなく、どちらが先に作られたかは分からないようにできている。映像のクリアさに比べて音の輪郭がぼやけてしまうのは、テクノロジーの問題として致し方がないのだろうか、その点だけが気になった。
この日の白眉といえるのはAnthony McCallの"Doubling Back"(2003)。フィルムによる「彫刻」を作り続ける作家の近作。最初は濃厚なスモークの臭いに辟易したが、フィルムが投影された瞬間は息を呑んだ。壁面に映る映像自体は2つの孤がゆっくりゆっくり動き続けるだけのものだが、スモークに光が反射して映写機を頂点とする錐体の3次元彫刻がそこに出現したとしか思えない。観客が皆思わず手を伸ばしてしまった、そのくらい実体感があり、しかし手や顔がすり抜けてしまうのはほとんど快感に近いものがあった。それは作家の意図とは違ったものかもしれないが、観客(私も)は彫刻の下に潜ったり表面に触れようとしてみたり、なまじインタラクティヴを意図した作品より観客を能動的にさせたのが可笑しい。
このプログラムにはエクスパンデッド・シネマという概念を歴史の中に位置づけ、しかもそれを現在のものとして考える強い意志が感じられる。その意味でも最後のMcCall作品のもつシャープな存在感は興味深い。約50人という観客数は場所がらを考えても少ないように感じたが、入場料は4ユーロ。日本の感覚でいくとやはり随分お得である。ちなみに同会場ではメディア・アートの賞"Nam June Paik Award"のノミネート作品が展示されていたが、ここでは雲間を飛ぶ鳥の映像をつなぎ合わせてピンポンのように見せたSzabolcs KissPálと、4台のプリンターを制御して印刷音の増幅とヘッドにとりつけられたカメラの映像でテクノ・ミュージックを奏でる[The User]の作品を挙げておこう。
(2004年9月24日 ドルトムント・PhoenixHalle)