ユタカワサキ個展 "Summer in Summer" |
野々村 禎彦 |
1976年生まれのユタカワサキは10代から自宅録音を始め、90年代半ばから自主制作カセットやCD-Rで、同年生まれの吉田アミとともに「音響派」最年少の音楽家としてシーンを支えた。90年代末に「音響的即興」が興隆すると、パッチ式アナログシンセサイザーを用いた生演奏も始め、このシーンの一般的なイメージに合致する静謐な演奏から秋山徹次らとの爆音ユニットまで、幅広い活動を行っていた。このシーンが拡散した00年代後半には、宇波拓らのコンセプチュアルな方向性には加わらず、吉田のように文筆業などに活動範囲を広げることもなくやや地味な活動を続けていたが、Sachiko M や大友良英らに続いて、この個展でインスタレーションに足を踏み入れた。会場は神保町・路地と人。路地裏の狭い階段を上がり、間貸し下宿の引戸を開けるとそこはギャラリーだった…!?
初個展は何でもありなので、展示室に暖房器具を大量に導入して耐え難い暑さを演出するようなアイディア(註1) もあったそうだが、実際には非常に地味に、ネットオークションで安価に入手した監視カメラを床に転がし、ノートパソコン上の自作プログラムで制御した。だが、インスタレーションとしての意味は深い。本来は天井に固定し、カメラが無音で360度回転する(カメラの存在を意識させて犯罪を抑制するのではなく、室内灯や火災感知器を装って室内をくまなく撮影するための)製品であり、カメラ部分をランダムに回転させると本体も引きずられてヒョコヒョコと這い回る=視覚的インスタレーション。床は漆喰打ちっ放しなので、モーター部分が引きずられるとえも言われぬ耳障りな音響が鳴り響く=サウンドインスタレーション。カメラに映った映像は、ノートパソコンのスクリーンセーバーとして映し出される=ビデオインスタレーション。このように、3種類のインスタレーションがミニマムな構成で同時に実現された。
もちろん、「3種類」「ミニマム」というコンセプチュアルな特徴のみがこの作品の見所というわけではない。視覚的な本体の動き自体が発音源になっており、両者は原理的に同期しているのは当然ながらポイントである。また、監視カメラは自動焦点だが天井からの撮影を前提にしているため、1m程度の距離ではピントが合わない。これを狭い部屋の床に転がすと、間近の壁やケーブルにカメラが向き、輪郭すらはっきりしない白黒映像がぼんやりと映っている時間が続く。時折カメラが観客の方に向いた時のみピントが合い、見慣れた像が画面に浮かぶ。見ている側が見られているというビデオアートの古典的テーマが流れの中でさりげなく現れ、この効果は計算には入っているのだろうが明らかにこの作品のテーマではない、というあたりもゾクゾクする。
シンプルな展示だけに、どのような環境で作品を鑑賞したのかは重要なポイントになる。展示終了間際、薄暗い室内にスクリーンセーバーの明かりのみがぼんやりと浮かび上がる情景が印象的だったという報告もあるが、筆者はオープニングパーティ翌日の昼間、作者の話を聞きながら見ることになった。展示時間以外も電源を入れたままにして映像をネットで流す展開も一見可能そうだが、監視カメラの電源ケーブル・信号入力ケーブルとも床を這わせているため、30分に一回程度はカメラにケーブルが絡まってしまい、展示中は誰かが立ち会って外す必要がある。ケーブルを延長して天井から下ろせばこの問題点は解決できそうだが、ケーブルを床に這わせるのは作品にとって本質的であり、譲れないという。カワサキは決して抽象的な構造として監視カメラを転がしているのではなく、四肢を切断された人が頭のみを動かして這い回るイメージ(註2) が出発点にあり、ケーブルも犬を紐で繋いだような状態でないとイメージが崩れるとのことだった。
個展のタイトルを決めた時点では、世間一般の祝祭的な夏のイメージに水を差すことしか考えていなかったというが、出発点のグロテスクなイメージと、各種インスタレーションの要件を最小の機材で満たし、情念と機能を矛盾なくまとめた。生業でもあるコンピュータ・プログラミング技術は利用しつつ、音楽歴にわたって探求してきた電子音楽的な要素は封印する禁欲性は特筆したい。音楽活動の延長線上で展開され、「音楽家の余技」という印象が拭い切れないインスタレーションも少なくない中、今回のカワサキの展示は近い将来の豊かな展開を期待させるに十分な内実を秘めていた。
(註1) 結局、このアイディアは会期終了間際のライヴで実現されたようだ。会場のblog参照。
(註2) このイメージの由来を考えると、江戸川乱歩『芋虫』を若松孝二監督が映画化した『キャタピラー』が、展示期間の翌週から全国公開されたことに行き着く。大衆的な映画の設定などをベタな形で取り込みながら、最終的には抽象的な作品に昇華させることは、カワサキの同世代では宇波が得意としている。
(c) 2010 Yoshihiko NONOMURA